前回のルーマニアから次はオーストリア・ウィーンを訪問し、その後はドイツを2泊して日本に帰った。日本に到着したのは7月19日の夜6時。そして私は休む暇もなく、翌日20日の午後7時40分のフライトで一路オーストラリアに旅立った。エミレーツ航空ではJALで出ないポートワインを出していたので、調子に乗ってクイクイ飲んでしまった。日本に到着したらすっかり酔っ払っていた…。その酔いも醒めないうちに次の出発である。私のワインはもう少し減らしたほうがいいと思う。頭ではいつもそう思っているのだが、いざ機内メニューを見て美味しそうなものを見つけてしまうと自制心が働かない…。困ったものだ。それでも大きな病気もせずにこれだけのスケジュールをこなしている訳だから、体は本当に強い!体力だけは大いに自信がある、と豪語しても誰も文句は言わないだろう。こんな強い体を与えてくれた両親には感謝しないといけない。

さて、オーストラリアである。南半球である。日本は40℃を越える真夏なのだが、こちらは真冬である。シドニーに到着して、ゲートを降りた瞬間に半袖しか着ていない自分を後悔した。暑いよりは寒い方がいいと思っていたが、いざ現場に到着すると思った以上に寒さを感じた。私はすぐにスーツケースからセーターを一枚出して着た。これだけで十分に温かさを感じた。シドニーの気温は15℃、東京の冬とあまり変わらない感じだろうか。到着ロビーに出てすぐに国内線乗り継ぎゲートに向かう。空港内を移動するバスに乗り込み、国際線ターミナルから国内線ターミナルに移動した。3時間近くのトランジットであったが、私は無事にメルボルン国際空港に到着した。午前11時である。ホテルに移動し、荷物を置いて顧客訪問!と思っていたら、先方の都合でその訪問がキャンセルになってしまった。残念!午後の予定がなくなってしまった。
ということで、気持ちを切り替えてゴルフに出かけることとした。当日でもプレーさせてくれるコースがたくさんある。出来るコースを紹介しているウェブサイトがあったので、それを見ながらホテルからあまり遠くないコースを選んで早速出かけた。

市内から西に向かって30分程度で到着した。Werribee Park GCというパブリックコースである。コースは決して素晴らしいメンテナンス状態ではなかったが、十分に楽しめるコースだったと思う。私は誰とも組み合わせがなかったので、一人で静かに楽しんだ。メルボルンの気温は13〜4℃だっただろうか。ちょっと風も強く、決して優しいコンディションではなかったが、たまには一人ゴルフも悪くない。ゴルフチャンネルでよくやっているトーナメントプロによるひとりゴルフのような気分でプレーを楽しんだ。スコアはいくつだったかって?77でした。
その日の夕方はJCPCで11月に企画しているオーストラリアツアーで訪問する予定にしているOn The Spot Cleanersの兄弟GeorgeとTonyと3人で食事をした。ギリシャ系の彼らはいつも陽気だ。お店に近いギリシャレストランで会食となった。色々な話になったが基本的に彼らはいつも自分の事業に対してポジティブに受け取っている。彼らのビジネスは本当に1店舗のユニットである。しかし、とても高い集客力である。私はメルボルンを訪問することがあれば必ず会いに行くが、いつもカウンターには客が数人いる。もちろん、受付の従業員はいるのだが、この兄弟は共にカウンターで顧客対応することが多い。カウンターに居たかと思えば、一番奥のドライ機に洋服を入れたり、ドラムから出していたりと工場内作業も行っている。この夕食時も彼らは自分たちのことを「Sacrifice(犠牲)」と呼んでいる。まさしく家族経営である。兄弟とそれぞれの家族が全員でこのお店を守っているのである。経営一族というのは常に「欲」と「犠牲」の間で生きているのだ。



実際にこの夕食で彼らからこんなお願いを受けた。「新しいワイシャツプレス機を作ってほしい。現在のワイシャツプレス機に満足はしている。しかし高さが足りないのだ。もっと背の高いモデルを作ってほしい」ということだ。ちなみに彼らが現在使っているモデルは日本モデルだ。オーストラリアではワイシャツがそこまで細くなっている、というのだ。オーストラリア人の身長は日本人よりも高いので論理としてはよく分かる。しかし…、それを開発するのにどのくらいの費用がかかるだろうか?そして彼らは続ける。「新しいカラーカフスプレス機も作ってほしい。オーストラリアのカフスの切れ込み(日本語で正式には袖明きと呼び、英語ではSleeve Placketと呼ぶ)がとても短くなってきており、それまでのカラーカフスプレス機では角度が合わなくてセットできなくなってしまっている」というのだ。これは韓国でも聞いたことがある。しかし、ワイシャツは世界中で着られなくなってきている。ここで開発にお金と時間をかけて作れたとして将来何台売れるのだろうか?という皮算用ばかり考えてしまう。彼らのリクエストを聞きながら自分はそんなことを考えながらギリシャワインを飲んで時間を過ごした。

翌日、少々時間があったので彼らのお店を訪問してみた。訪問する予定がなかったので彼らには訪問する話をしていなかったのだが、突然の訪問に彼らは驚きながらも改めて私にワイシャツ仕上げ機の改善ポイントを主張してきた。現場で彼らの余計な仕事が生まれている現状を目の当たりにしてしまうと昨日の皮算用が頭から消える。「なんとかしてやりたいな」という気持ちが生まれてくる。これはオーストラリアでのワイシャツのトレンドなのだ。今までは現状のモデルで十分にカバー出来ていたのだが、だんだんとカバーできなくなってきているのだ。便利だからお金を払って我々の機械を使っているのに、それが便利でなくなれば使うはずがない。我々もそのようなトレンドに対して柔軟に変化していかなければならないのだ。日本に持ち帰ることを約束した。
翌23日、私はシドニーに移動した。今回のもう一つの目的がここシドニーにあるからだ。久しぶりにDIAオーストラリアクリーニング協会の主催するカンファレンスが24日と25日の2日間で開催されたのだ。今回、私はスピーカーとして招待された。今年初めてのスピーチとなったのだが、すでにネタは用意してあった。タイトルは「The Collapse of Dry Cleaning and Future of the Industry through Laundry」である。訳すと「ドライクリーニングの崩壊、そしてランドリーを通じた業界の将来」という感じである。英語のわかる方だと最初の「Collapse」という言い方がなんともネガティブに聞こえてしまうだろうが、私はそれで良いと思っている。本当にドライクリーニングを必要としない世の中が着実にやってきているからである。これは世界共通であるが、実に大多数のクリーニング店経営者は今までのドライクリーニング依存型ビジネスに大いなる恩恵を受けてきているだけに、このビジネスモデルの終焉を認めたがらない傾向がある。そんなことを言うならば私でさえ、出来るならばそれまでのビジネスモデルは続いてもらいたいと願っている。スーツにワイシャツという男性の仕事着がこれからも続くならばクリーニング店は一日に処理する総点数のおよそ70%に当たるジャケット、ズボン、ワイシャツをメインに経営し続けることが出来るし、我々も同じようにそれらの仕上げ機を作り続けることが出来る。しかし、残念ながらそのビジネスモデルからの脱却を図らなければならない時代がやってきているのだ。新しい時代を作るためには過去を否定しなければ次世代にシフト出来ない。ポリエステル混紡材という生地に囲まれつつある時代にドライクリーニングで洗い、きちんとしたアイロンがけは必要なくなってきた。消費者は家庭洗濯で十分と考えるようになり、我々業界は必要とされない存在になろうとしている。まず、我々はそのような状況に置かれていることを認識しなければならない。そして、改めて消費者にとって洋服を通じて必要とされるサービスとは一体どんなものか?を構築していかなければならないのだ。そんな意味も込めてCollapseという言葉を利用した。

今回のカンファレンスには70名近くのオーストラリアのクリーニング業界関係者が集まった。すでに知っている顔も何人もいた。展示会の様相と変わらない。私にとっては同窓会みたいなものだ。知らない顔もたくさんいたが、びっくりしたのは参加した会社のほとんどがSankoshaユーザーであった。改めて我々のオーストラリアでのシェア率がとても高いことも認識できた。ある意味、我々の販売代理店であるSpencer Systemsのおかげである。スピーチは多少緊張はしたものの無事に45分間の役目を果たすことが出来たし、多くの人々と顔を合わせることが出来たのは本当に良かった。後は、彼らがどのような新しい第一歩を踏み出すのか?である。これは日本やアメリカ、ヨーロッパなど先進国だけでなく中国や東南アジアなど新興国においても同じステージに置かれている。国によって感度の差はあるだろうが、方向性はこれから同じになってくる。是非、皆さんには頑張ってもらいたい、と心から願いながらこのカンファレンスを楽しんで帰国の途に着いた。



翌週はアメリカに行く。3週連続の海外なのだ。アメリカではどんなことが待ち受けているのか?私の旅はまだまだ続く。
