コインランドリービジネスとは?

2月4日、私は羽田空港から小松空港に飛んだ。この日から金沢、熊本、博多、小倉と2月8日までの旅に出かけるのだ。それにしても石川県から熊本に移動とは・・・、我ながら無茶な計画を組むものだ。それでも海外に出かける事を考えたらこのくらいの出張は大した事ではない。日本人としての常識も通用するし、ほぼ時間通りに事が運ぶ。海外出張に比べたらストレスが全くない。

小松空港に着いた。最初に訪問したのがこの小松市で立派に活動している三ツ村クリーニング。聞いたところによると小松市で10万人、お隣の能美市が5万人というあまり大きくない地域でしっかり売り上げている優秀なクリーニング店である。また三幸社製品をたくさん使ってくれている優良顧客の一社である。しかし何年ぶりの訪問だろうか。

空港に社長が迎えに来てくれていて、早速工場を訪問した。本社工場は全く変わっていない。新しいワイシャツプレス機が入っていたが特に変わった様子はない。ミーティングルームにて社長といろいろ話した。この三ツ村クリーニングは社長と息子さんがとても仲が良い。JCPCのツアーでも良く親子で参加しているし、昨年のカナダとロサンゼルスのツアーでは息子さんが一人で参加してきた。自分自身に投資する意思がとても強く、私にとってはいつも好感度の高い親子なのだ。そのミーティングルームで掲げてある写真を注目するとそれは三ツ村社長の考えたコインランドリーの写真だった。早速尋ねてみる。コンセプトがとても面白い。それぞれが全く考えの違うお店になっている。キッズルーム付のお店、動物のモニュメントがちりばめてあるお店、もっとすごいのは足湯のあるお店で土足厳禁のお店だったりするのだ。ただ単にコインランドリーではないところが面白い。私の興味心が一気に高まり、是非見せて欲しいとお願いする事になり行く事になった。

(創業時の三ツ村クリーニング)

(コインとの併設店。ここは普通だったけど客が数人使っていました)

訪問してみると利用者がいる。この地域でもコインランドリーは激戦である。日本全国どこをみても最近はコインランドリーのお店をよく見るようになった。それだけ投資に値する業界なのだろう。しかしあまり人影をみないお店がほとんどなのに対して私が訪問した三ツ村の2店舗はどちらも数名の人が利用していた。明らかに何かが違うのだ。人々の心を動かすモノはなんだろう?私はいつもそれをリサーチしているのだが、最近とても強く思う事はクリーニング業とはマクドナルドのように日本全国に展開するような事をやっても上手くいかない業界なのだろう、という事だ。アメリカでもヨーロッパでも既に答えがでているが地元で洋服を綺麗にするビジネスについてありとあらゆる方面の事業をやって利益率を高める事を考えるのがクリーニング業にとって最も有益な方法だろうと思うのだ。具体的にはクリーニング業だけでなくWash & Foldも一つの手だし、ユニフォームクリーニングのビジネスも一つの手。そしてこのようなコインランドリーも一つの方法と認識する。要はこの土地に住む顧客が望むサービスはなんなのだろうか?を具現化すれば商売として成り立つと思う。そのためにはこの土地をよく知らなければならない。マクドナルドのようなブランドではそれは難しい。この三ツ村クリーニングはこの地をよく知っているからこそこのような展開が出来ているのだろうと強く感じた。

(2件目の正面。何故シマウマ?笑)

(店内には牛さん・・・。何故?笑)

(こんな動物園にこの設定)

昼食を一緒にしながら私が現在考えているこの論理を親子に話してみた。彼らは既にそれを理解し、実践している。だからこちらの話しがよくわかっているし、私の話を聞いて自分たちのやっている事に間違いないと再確認したようだ。こういうクリーニング店には是非頑張ってもらいたいと心から願う。

2月5日、私は小松空港から羽田空港を経由して北九州空港へ向かった。毎年行っている恒例行事、黒川温泉に行く会なのだ。何名かのクリーニング店の社長さん達と楽しむ会なのだがここは全く遊びがない。素直に温泉に入って食事して終わり!なのでその後の部屋飲みをしながら今後の業界について色々語ることの出来る会なのだ。とはいえ、かなりプライベートな部分があるのでこの会についてはここで書くのは控えさせてもらう。

2月6日、我々は黒川温泉を後にして博多に向かった。目的はアスファクト様が運営しているランドリープレスを見学するためだ。ランドリープレスは現在のコインランドリー業界でも際だった会社である。社長の和田さんとはFacebookで友達になり、残念ながら三幸社の仕事はあまりないのだが、私にコインランドリーの質問が来ると紹介するのがこの和田さんなのだ。最近は自社運営だけでなく日本全国にコインランドリーの依頼を受けて店舗設計なども幅広くやっていてとても忙しそうだ。私は今までお店を訪問したこともなかったので丁度良い機会となった。

残念ながら社長は出張に出られていていらっしゃらなかったので専務の満川さんが我々を案内してくれた。会社の中身や戦略についてはこの場でお話しする事は出来ないが、話しを聞いて改めて感じた事があった。これだけコインランドリーが人気になっていても売れる店と売れない店に大きな違いがあることだ。機械ひとつにしてもこだわりがとてもある。「こんなお客様が使ってくれると良いな」とイメージした店作りになっているところがすごい!2店舗を案内してくれたのだが、1店舗目は隣にクリーニング店があるので普通にコインランドリーだけ。2店舗目はコインランドリーにクリーニングの受付カウンターがあるお店になっていた。残念ながら訪問した日は木曜日、たまたまこの日はクリーニングがお休みの日だったのでシャッターが閉まっていたがこの考えもなかなかだ。それ以上に店の中がとてもスタイリッシュなのだ。スターバックスの店内のように人々にリラックス出来る環境をしっかり整えており、飲物ももちろん有料ではあるが美味しいコーヒーが飲めるようにしてあった。こういう雰囲気を見ただけでどんな人々が使うのだろうか?と容易に想像出来るのが素晴らしい。


(最初のお店。とてもシックでかっこいい)

(店内。これもシックで置いてある機材があまり浮いてない)

やはりビジネスは「誰でも良いから使って欲しい」というコンセプトは絶対にダメなのだろう。たかがコインランドリーかもしれないがされどコインランドリーなのだ。単に場所を借りて機械を並べて最低限のサービスが出来ればOK、という考えで売上を上げることは出来ない。しっかり顧客を設定し、その顧客がどんな気持ちでここを使っているのか、をイメージしなければこういうお店は出来ないのだろう。今回は残念ながら会えなかったが和田社長の想いがしっかり店舗に伝わっているような感じがした。クリーニング業でも一緒だろう。しっかり顧客を設定し、その顧客が我々のお店を使うイメージをしっかり想像しながらお店作りをする。単にカウンターを置いて接客が出来れば良い、という考えではお客様はやってこないのだ。コインランドリーというカテゴリーで色々考えさせられた週だった。

(2件目のお店)

(店内。ここもイメージは似ている)

(残念ながら閉まっていた店舗。これはなかなかのアイデア)

(とても落ち着いた待合スペース。こういうのが良いのだろうか)

ドイツのワイナリー

前回のブログに従って今回はドイツのワイナリーについて書いてみたいと思う。全然クリーニングには関わらないので興味ない人はこの時点で読むのを辞めてもらった方が良いかと思う。

1月17日、ドイツの代理店を訪問した話しは前回のブログで書いたがこの日のミーティング後に代理店の社長であるFrank Ziermannに「Baden地方のBernhard Huberというワイナリーを訪問したい!」とドイツ訪問前からリクエストしていたのだ。どうしてこのワイナリーをお願いしたか、というとその数日前に東京で通っているワインスクールでたまたまドイツワインの勉強をしたばかりだったのだ。その時のブラインドテイスティング授業でこのBernhard Huberが出てきたからだ。その時に飲んだのがSpaet BurgunderというドイツでいうPinot Noirをテイスティングしたのだ。その時までドイツのワインを何も知らない私がいた。そして奇しくもこの日と翌日にワイナリー巡りをする事になったならばここで一気にドイツワインの勉強をしてしまおう、と言うことでお願いしちゃったのだ。

代理店のFrankとはもう2004年からの付き合いだったと思う。本当に長い。彼は私の一つ年上である意味同僚みたいな感覚を持っていた。故に彼も私の事をよく知っている。先日、私がこの出張でワイナリーに行きたい、というリクエストをしたときに彼は良い意味でとても驚いたと言っていた。何故ならば私は今まで仕事以外でどこかに一緒に遊びに行こうよ、という話しをした事もなかったからだ。本当に仕事が終わったらすぐに別の目的地に移動するか帰るか、という生活を送っていた。1998年から海外出張をスタートして昨年くらいまで一度もそんな楽しみを仕事で考えた事はなかった。しかしこの歳になっていい加減考え始めた。「それにしてもいろんな都市に行ったけど本当に何も知らないな・・・。歴史、文化などについては全く探求してこなかった・・・」と。ワインを勉強してとても思った事、それは宗教にかなり密接に絡んでいることなのだ。私はだからと言って宗教に傾注するつもりはない。純粋にワインを楽しみたい。しかし、ワインとはかなり宗教に翻弄されながらも一心同体で受け継がれてきた飲物なんだ、と言うことがよくわかった。そんなワインの興味からFrankにワイナリー訪問のお願いをしたものだから本当にびっくりしながらとても喜んでくれた。「お前がこういう時間を持つようになったのはとても良い事だ。喜んで案内したい!」と。

ま、歴史のうんちくはこのくらいにしておいて。私が一番勉強して気になったのはBurgunder系3品種。それはSpaet Burgunder、Grauer Burgunder、そしてWeiss Burgunder。これはそれぞれドイツ読みであり最初からPinot Noir、Pinot Gris、そしてPinot Blancの3つである。Pinotと名前がつくのがBurgunderだろうか?最初は全然覚えられなかったがこうやって土地を訪問すると急に愛着がわく。これが私のワインの覚え方。(笑

(パノラマでのワイナリー風景。入り口がどこだかわからない・・・)

ミーティングを終えて代理店事務所から45分、Bernhard Huberに到着した。入り口がどこだかわからない。そのくらい顧客が訪問しない所なのだろうか・・・。ウロウロしているうちにやっと会社の人が気づいてくれてテイスティングルームへと案内してくれる。テイスティングルームはある程度整っていた。一応、人をもてなすという習慣はあったようだ。

(壁に掛かっていた畑の地層がわかるもの。かなりゴロゴロしているようで水はけは良さそう)

(Bernhard Huberの記事。ドイツ語で全くわかりません!)

そこで私が東京のワインスクールで先週ここのワインを飲んでとても美味しかった、という訪問経緯を話す。するとどんどんワインを持ってくる。アメリカのNapa Valleyだとほとんどが料金いくらで何種類飲める、という決まり切ったものだが、ここでは料金も何も言わずにどんどん持ってくる。最初にGrauer Burgunder、そしてこちらの改良品種でドイツにしかないMueller Thurgerという白ワイン。どちらもとても美味しいが、Grauer Burgunder(Pinot Gris)に特徴が見つからない。色、香、味どれをみてもなんか特徴がつかめない。いわゆるとてもバランスが取れているのだ。しかしバランスがとれている=特徴がない、と言うことでこれはなかなか覚えられないワインとなってしまう。なんかビジネスと似ている。体裁を取り過ぎているビジネスに特徴がない。だから人々に覚えてもらえない。こういうことはあるのではないか?逆にMueller Thurgauという葡萄はRieslingに別の葡萄を掛け合わせた独自品種。こっちの方がドイツらしい、ちょっと甘いけど特徴があって覚え安い。こんなことをやりながら次にSpaet Burgunder(Pinot Noir)を飲むことになる。しかしどうも同じPinot NoirでもブルゴーニュのPinotと柔らかさが違う。やはりブルゴーニュの方が繊細なのだ。ドイツのはゴツゴツしている。しかしとてもパワフルで美味しい。同じ葡萄でここまで畑や気候の違い、そして生産者の意図も加わって違う飲物になってしまうのか・・・、とても奥深い。

(Grauer Burgunder。とてもバランスの良い感じ)

(Mueller Thurgau。冷涼な地域に出来るドイツ品種)

(ここのPinot Noirは力強さがあります。男っぽい!!)

ここで12本を買ってしまった。いきなり買いすぎ?明日は後2軒行くのに本当に持って帰れるのか?ま、なんとかなるだろう。

1月18日、私はFrankと一緒に彼の住んでいる街から15分の所にあるHex Von Dasensteinというワイナリーを訪問した。とても洗練された良いワイナリーで顧客をしっかりお迎えする気持ちが入り口からしっかり出ていた。こういうワイナリーは流石と思う。商売をするのだったらこういうおもてなしは必要だろう!と私は思ってしまう。

(ワイナリーの入り口。とても綺麗な建物)

(ベランダへ導いてくれた。山の方が彼らの畑)

(訪問後に訪れたワイン畑。思った以上に傾斜がキツい!)

(朝の訪問時に出迎えてくれたロゼのスパークリング。ドライでキリッとしていました)

Frankがツアーを申し込んでおいてくれた。とても嬉しい。朝からロゼのスパークリングを用意して待っていてくれた。そして見学ツアーを1時間半ほどかけてゆっくりやってくれた。その時々でワインをその場に仕込んで置いてくれて、それを皆で開けて飲む、というなんという楽しいツアーだろうか。決してちょろっと飲ませるわけでもなく並々と入れてくれる。「いやいや、もう良いですよ」と言わなければならないほど入れてくれるのだ。私が今まで経験してきたワイナリーツアーで始めての満足度だ。このワイナリーもBaden地方、昨日のBernhard Huberと同じ地域なのだ。ちなみにドイツには13の地方がワイン造りをしていてそのうちこの南西部で11の地方が存在する。そのうちのBaden地方はドイツで3番目に大きな生産地域でドイツ最南端に位置する地方である。しかしドイツはとても冷涼な地域として有名で日本の地域で言うとサハリン(樺太)ほど北に位置するのだ。そんな寒い地域でワインが出来るのもやはり気候のせいだろう。

製法についてはおおよそ理解している。だからあまりびっくりする事はない。しかし一つびっくりした事は最近栽培を始めている葡萄品種だった。テンプラニーリョというスペインで最も有名な品種がある。それをこの土地で作り始めている、という事実だ。まるで沖縄の品種を北海道で栽培するようなもので普通であればあり得ない。しかしこれだけ気候が変動しているのだ。今までダメだったモノが出来るようになる。と言うことは今までとても良かったモノがダメになる、という事も言える。今後、それまでの銘醸地がどうなっていくのか、がとても心配になってしまう。

(彼らの醸造工場。こんな所にも試飲出来るように置いておいてくれた)

(貯蔵庫でまた別の試飲。ナント贅沢な!!)

結局、ここでも12本買ってしまう。あれ?既に24本。これで更にもう一軒行くんだよな?と思いながらも美味しいし安いし、結局買ってしまった。

(結局12本。既に2ダース。買いすぎ・・・)

午後はもう一つお願いした場所がある。それはJALのビジネスクラスで出ている赤ワインを提供しているFredrich Beckerというワイナリー。これもネットで事前検索したのだがFrankの事務所から1時間で着くというのでお願いした。ここはちょっと彼の事務所からいうと北西部にあるPfalzという地域にあるワイナリー。JALというご縁で知り合ったのだから行ってみよう、と言うことで行ってみた。なんと寂れている事か!まるでゴーストタウンのような村。そんな所にひっそりと存在していた。テイスティングなんかさせてくれるはずがない、と思うくらいのワイナリーなのだがひっそり出来るようになっていた。建物の中から女性が出てきて「いらっしゃい!」というのでついて行ったらテイスティングが出来る部屋へ連れてきてくれた。ここも基本的に昨日のBernhard Huberと一緒。しかしもっと小さいワイナリーだろうか・・・。よくぞJALはこんなワイナリーを取り上げたものだ、とある意味感心してしまう。

(Fredrich Beckerの入口。村にも人影は少なかったが、ここには全くなし…)

(導いてくれたテイスティングルーム。こじんまりとした手作り感満載!)

しかしここのSpaet Burgunderは美味しいぞ!Pfalz地方はBaden地方よりももうちょっと北部にあるので更に冷涼、となるとアルコール度低くタンニンも抑えられたPinot Noirが楽しめるのだ。基本的に白も赤も同じようなモノを作っていたがあれこれ色々試させてくれたのでここでも買って帰ろう、と言うことになってしまう。あれ?もう24本も買ってるよな・・・。36本?いやいや、それは買いすぎだろう・・・、と言うことでここでは6本を買うこととした。それでも30本、私の出張史上最大本数を買い込む事となってしまった。ここまで来るとアホとしか言いようがない。

(ここのロゼのスパークリング。朝のロゼよりピノの香りが強かった)

(こちらはPinot Noir。JALで出しているのとちょっと違うらしいが・・・、私にはわからない)

(Frankとここのお店の方と。楽しみました!)

(結局、更に6本買いました・・・)

しかしFrankが事務所からタクシーを用意してくれて問題なくフランクフルト国際空港まで移動出来た。チェックインカウンターではいい加減びっくりされたのだが・・・。

何とも楽しいワイナリー巡りだった。ドイツワインの印象が急激に強くなった。でもこうやって学んで行くと思い出深く忘れないのだろう。さて次はどこに行こうか・・・。

ドイツZiermannの訪問

1月13日の夜。私は今年初めての出張でスペインとドイツに出かける。しかし行きは羽田からで帰りは成田とややこしい。しかも帰りは絶対にワインを大量に買い込んでくることを考えるとどうしても成田に車を止めておきたい。ちなみにフライトは日をまたいで14日の朝2時45分。なんと言う時間だろうか・・・。出来るならばこんな時間に出かけたくない。結局、家を夜8時半に出発し、成田に10時前に到着、車を駐車場に置いてから10時3分の京成スカイライナーに乗って日暮里まで。山手線に乗り換えて浜松町へ。そしてモノレールに乗って羽田空港国際線ターミナルまで移動する、という何とも出発する前から疲れる行程を取ったのだ。我ながらワインの為とは言いながらもアホかと感じてしまう。それでも体は前向きに動くわけだから如何に自分が飲兵衛なのか、がよくわかる。

1月14日、飛行機に乗って一路ロンドン経由バルセロナへ。ロンドンのトランジット時間が短い。予定から20分くらい遅れて到着なのだが元々1時間半くらいしかトランジット時間がない。実質1時間強で次の飛行機に乗らなければならないのだ。ラウンジで悠々と過ごしている時間はない。なんとか次の飛行機に乗り込むことは出来たのだが到着後に問題が発生。

午前11時にバルセロナ空港に到着した。ここでヨーロッパ営業担当の寺田主任と合流。彼は少々早い時間でバルセロナに到着していて手荷物受け取りの場所で私を待っていてくれたのだ。しかし自分の荷物が出てこない。まずい!急に不安がこみ上げてきた。トランジット(乗り継ぎ)は常に問題がある。空港職員の手違い、航空会社の手違いなどで荷物がなくなってしまう事や届かなくなってしまうケースが多々ある。すぐにブリティッシュエアウェイズの手荷物カウンターに向かう。トラッキング番号で調べてもらったら幸いにもまだロンドンにまだあった。良かった!「次の到着便で持ってくるからホテル情報など教えてくれ」というので情報を全部書いてお願いした。ちなみに午後6時過ぎに荷物はホテルに到着した。本来であればこの日も予定が入っていたのだが先方の都合で予定がキャンセルになってしまった。ので、寺田主任とホテルそばのスペインバルで昼食を取りながら一杯やって最近のヨーロッパ情勢や彼の活動について議論を交わす。場所が変わればいろいろな話しが出来るものだ。事務所ではあまり踏み込めなかった事まで話しが及び、お互いにいろいろな話しをする事が出来た。とても良い日だったと思う。

(ゆっくりといろいろな話しをする事が出来た)

(テンプラニーリョのロゼ。お手頃価格で飲みやすい!)

(いただいた料理の一部。どれもとても美味しかった!)

1月15日はある会社に訪問した。これは会社の都合上どうしてもお話し出来ない。故にこの日の中身はなしとさせてもらう。この日の夕方にガウディのサグラダ・ファミリア教会をみにいった。私はおおよそ4年ぶりだがその当時からかなりできあがっているのがわかった。次回来るときはもう完成しているのだろうか・・・。それにしても美しい建物と思う。

(4年ぶりのサグラダ・ファミリア教会。かなりできあがっていた)

1月16日、私は寺田主任と離れて一人でドイツに向かう。いくつかのミーティングがあったのだがこの日の日中ミーティングもちょっとお話しが出来ない。会社にはいろいろな都合があるのと相手にも都合があるのでお互いの事を考えるとなかなか公表するのは難しい。

夜は展示会装飾業者で長い事お世話になっている立石氏と会った。もう4年ぶりである。彼は癌を患って日本の装飾業者を辞めて契約ベースでフランクフルトに住んでいる。ドイツ語はペラペラ、そして癌治療においてもドイツのやり方が彼には合っているようでとても元気そうだった。私は彼との付き合いは2004年からだからもう16年になる。本当に長い付き合いでお互いに言いたいことを言えるのは素晴らしい事だ。彼はまだ54歳、癌との戦いは続いているのでこれからも是非長生きしてもらい、我々のブースデザインのお手伝いをし続けてもらいたいと心から願うばかりだ。

(いつもドイツの展示会で世話になっている立石さん。元気そうで良かった!)

1月17日、私は朝8時のICEに乗ってBaden-Bandenに向かう。ICEとはドイツの新幹線だ。ただ日本の新幹線と違って在来線との併用だから新幹線のように常にオンタイムではないし多少の乗り心地の悪さもある。他国の高速鉄道を利用すると改めて日本の新幹線の質の高さに感銘を受けてしまう。こういう場所に来るからその質の高さを改めて理解出来るのだ。

電車を降りたら代理店の社長であるFrank Ziermannが待ってくれていた。到着時間は朝9時半。考えて見たらこの会社への訪問は6年ぶりとなる。本当に久しぶりである。彼とは展示会で良く顔を合わせることはあるが、営業マンを介さずに直接会って話す事は少なかった。やはり営業マンがいるし、私が直接あれこれやりすぎてしまうと営業マンの面目が潰れてしまう。そんな事もあって私は直接彼らと言葉を交わす機会を作らないようにしていたのだ。

しかしドイツ市場は困難を極める。現在も人口は8000万人以上もいるのにクリーニング店は全国で2600店しかないそうだ。日本も厳しいがここはもっと厳しい。すでに販売代理店が生活出来ないほどの市場規模になってしまっている。ここではメーカーも単体で生きていくのが難しい。ドイツと言えばVeitという仕上げ機メーカーが有名である。我々の競合だ。しかしVeitはあまり良い噂がない。何故ならば代理店を全部切って直販を始めているからだ。要は仲間をどんどん減らして自社の利益率を確保する事だけを考えているらしい。一方でMultimaticという代理店がある。ここはドイツ最大の代理店で全てのメーカーからの商品をMultimaticブランドにOEMしてもらい彼らのブランドで売っている。彼らはとても強い!何故ならば洗濯機にドライ機、仕上げ機に全ての工場必需品が彼らのブランドでそろっているからだ。しかもブランディングまで出来ているのだからこれは強い!顧客からすると彼らと関係を持つだけで足りないモノはなく、細かい所まで面倒見てくれるのだから言うことなし。まるで日本で言ったらアイナックスが全ての機械をアイナックスブランドでやっている様なものだ。

Ziermannという会社は昔から中古機の買取、それをアフリカなど発展途上国に転売する事で利益を上げてきた会社だ。しかし息子であり現社長であるFrank Ziermannは昔一世風靡したドイツのドライ機メーカーBoweを買い取ってそのブランディング回復に力を入れている。代理店だったのがメーカーに変わったのだ。買い取ってからすでに8年近く経っているのだろうか。私も最初彼のこの行為に疑問を持った。「すでにドライ機業界はイタリアのメーカーによって世界制覇されてしまっている。今更Boweをやり直したところでどこまで出来るのだろうか?」と。

派手なプロモーションは絶対にしないのが彼の性格。しかし一つひとつを確実にこなしていくのも彼の性格。スピード感は全くないが確実にステップを踏んでいくのが彼の特徴だ。そして6年が経った。彼の事務所を久しぶりに訪問した。なんという変化だろうか!私が予想していた以上に彼はやるべき事をやっていたのだ。やるべき事とは何か?と言うと

  • 代理店不在の状態で全国に販売していくために必要な事は何か?を理解して準備している事
  • 顧客に必要な商品を全て自分たちで用意している事
  • ドイツで売るために必要な販売ネットワークを確立している事

間違いなくこういうことだろう。代理店不在でも売るためには全てに対応しなければならない。それが出来ないから代理店が必要なのだ。代理店が存在しないならば自分たちで全てを用意するしかない、という考えを持っていたのだ。彼の事務所を訪問し、ショールームに案内してくれた。そうしたらSankosha製品も含めて彼らのソリューションがズラッと並んでいる。そこでびっくりしたのはOEM商品がそろっているのだ。洗濯機にボイラー、コンプレッサーまでBoweブランドで取りそろえていたのである。流石に仕上げ機はSankoshaブランドを使い続けてくれている。ここに彼の心意気が伝わる。「どんなに他の製品をOEMしても仕上げ機メーカーはSankoshaとやっていく、と心に決めている」というメッセージだったのだ。

(彼の事務所内にあるショールームへのサイン。しっかりSロゴもあります)

(ショールームの全体像。綺麗に出来ていた!)

(アイロン台に水のタンク。ここまでBoweブランドで固めていた)

(彼らのドライ機。昔を彷彿させるデザイン)

実は我々はアメリカのAjaxブランドを15年くらい前に買収している。そして今回、そのAjaxブランドで廉価製品を世界の発展途上国に販売していこう、という試みをしているのだ。そこで彼らの仕上げ機ラインにこのAjaxをBoweブランドで出したらどうだ?と提案してみた。とても喜ぶ。実はSankoshaブランドは世界各地に販売代理店があるからそれをOEMさせることは難しい現状がある。一方でBoweもブランドなので世界中に売っていきたい、という気持ちがある。ここになかなか彼らが仕上げ機の選定で困っていた現状があったのだ。それでもSankoshaブランドに固執してくれていたことに感謝の気持ちで一杯だった。そこでAjaxブランドをBoweブランドにしても良い、という話しを持って行ったのだから彼の気持ちも一気に上がった。これで世界中に販売が出来る!商売とは人のモチベーションを如何に上げるか?がポイントなのだろう、と改めて感じる。とても良いミーティングになったようだ。

その日の夕食は彼の家族とともに取った。彼には3人の子供がいるのだが、長男だけ大学が別の町にある事から別居している。故に長女と次男の二人に奥様を連れてきてくれた。長女はすでに22歳。私が初めて彼の自宅で子供達と一緒に食事をしたのは彼女が10歳の頃だった。もう12年前の話なのだ。Frankはとても背が高い。彼は2m10cmを超える長身である。奥さんはそこまで背は高くないのだが、長女はすでに私より背が高い。ちなみに私は171cmなのだが・・・。もっとすごいのは17歳の次男。すでに180cm以上あるのだ。
それ以上にびっくりするのは彼らの言語能力である。この食事中に家族全員が英語で会話している。私がいる事から家族全員が英語を話すことにより私が彼らは何を話しているのか、が全て理解出来るのだ。彼らがドイツ語で話していたら全くわからない。それをわざと英語で話してくれているのだ。これもすごい事だと思う。しかし英語は世界の公用語。話せなければ世界で生き残る事は出来ない。この一日を過ごして彼らに対して感じた事は

  • Boweブランドを通じてドライクリーニング業界にこれからも貢献する覚悟でいる事
  • そのために何が必要なのか?を冷静に分析し、準備をしっかりしていた事
  • 子供達にも会社のやっている事をアルバイトを通じて従事させ、最終的に継続してもらう事を考えている事

会社の経営者として将来まで考えて着実にやっている事に心から敬意を表したい。彼らがドイツで代表的なブランドに再びなっていくのは間違いないだろう。それを精一杯サポートする事が我々もドイツ語圏市場で生き残っていくことなのだろう。

(Ziermannの家族と。みんな仲良くやっているのが最高!!)

久しぶりの高揚感で終わった最高の夜だった。
次回はこの続きのワインの話しをしてみたい。ワイン好きの人は是非ご期待あれ!

オーストラリアのワイナリー巡り

12月10日、私は19:40発のJAL771便にてシドニー経由メルボルンまで移動する事になっていた。この日の朝はゴルフの試合。大学時代の仲間達4人でチームになって行うスクランブルに参加していた。場所は埼玉の鳩山カントリークラブ。このゴルフ場から成田空港まで2時間。スタートは9時。17時半までには空港に入っていなければまずい。こんなことになるとは考えてもいなかったのだが相変わらず自分の短絡的なスケジュール管理に嫌気がさす。今回はいつもJCPCの海外視察などでコンビを組む日本ツアーサービスの藤島さんと一緒に旅することになっていた。彼女は大阪から飛んでくるので飛行機に乗り遅れる訳にはいかない。ゴルフの試合が途中であってもいざとなれば失礼して空港に移動しようと思っていたくらいである。そうしたら藤島さんからメッセージが入る。「出発が2時間くらい遅れるらしい」と。となると21:40の出発だ。急に楽になった。ゴルフを終えたら風呂にも入らずに移動しなければ、と思っていたのだがしっかり風呂に入って行く事が出来たのでこの遅延は少々有り難かった。トーナメントは残念ながら上位5位には2打差で入れず全日本ファイナルには進めなかったのだが・・・。

(大学時代のメンバーと。皆さん(一人のぞいて)上手なんですよ〜)

ゴルフ場から空港まで急いで車を走らせて18時に到着。少し藤島さんを待たせることとなってしまったがこれでオーストラリアに行くことは出来る。ちょっとほっとした。今回の旅はIDC国際クリーニング会議の打合せに行くためだ。来年の5月22日から24日までの3日間、メルボルンにて開催する事を決定してはいたのだが、会議の内容をどうするか?いくら位の参加費用で出席する事が出来るのか?などなど細かい事をまとめなければ募集する事さえ出来ないのだ。その細かい部分にどうしても藤島さんの力が必要になる。毎回思う事だが彼女のツアー企画は本当に素晴らしい。こういう人がパートナーでいてくれるとだらしない私でもある程度しっかり企画を形にする事が出来るのだ。彼女なしでは出来ない。

JAL便でシドニーに到着、すでに翌日の朝9時になっていた。オーストラリアは夏、時差は通常1時間だが夏時間になると2時間になる。日本は日付変更線に近い国なのでほとんどの国に対して時間が進んでいるのだが、オーストラリアは数少ない日本よりも時間の進んでいる国である。9時に到着したと言うことは日本はまだ2時間遅れの朝7時と言うことになるのだ。すぐにカンタス航空の国内線にチェックインしてターミナルを移動する。どうやら遅れた理由はシドニー郊外で起こっている山火事のようだ。日によっては山火事の煙が町全体を覆ってしまい空港も視界不良のために飛行機の発着が出来ない、と言うことなのだ。後でワインの話しをするがこの山火事はワイン生産においても大きな影響を及ぼしている。国内線もこの山火事の影響で出発が30分近く遅れた。本来だったら11時にはメルボルンに着いているはずの予定だったのだが実際に到着したのは13時を過ぎていた。この日はDIA(Drycleaning Institute of Australia)いわゆるオーストラリアクリーニング協会なのだがこの代表Brian Tonkin氏と秘書をやっているCatherine Cluning氏の両名と13時からミーティングをする予定になっていた。事前に飛行機が遅れる話しをしていたのだがそれでも14時の予定にしていた。結局14:30にミーティングをする事が出来たのだが大変迷惑をかけてしまった。

ミーティングはとてもスムースに行えた。会場となるCrown Promenade Hotelの部屋やカンファレンスルームなどをチェック、当日のミーティングの雰囲気などがイメージ出来た。コスト面もおおよそ出たので価格を統一する事も出来た。ちなみにJCPCの皆さんは日本からの飛行機や滞在費用、食事などの費用もおおよそカバーされた状態で5月21日から25日までの5日間で30万円を切る費用でいけるのだからなかなかお得な設定をしてくれた。現地で会議だけ参加したい、という方々はIDC会員はUSD550.00、非会員はUSD600.00で参加出来る事も決まった。翌日12日はいくつかのクリーニング店を訪問し、来年の参加者の工場見学先としてふさわしいかどうか、を確かめる活動も出来た。この会議は元々オーストラリアのランドリー協会(LAA)とクリーニング協会(DIA)の共同で開く会議と展示会なのでTwin Cleanという名前がついている。このイベントにIDCも一緒に参加させてもらおうと言うことになったのだ。せっかくだから会議の中でオーストラリアの皆さんにももっと世界の業界動向や知らない知識なども知ってもらおうと私が企画した内容がおおよそ取り入れられることとなった。登壇者の顔ぶれもおおよそ決まり、私も藤島さんもほっと肩をなで下ろす。これが決まらないと人々に公表出来ないし、そうすると募集する事さえ出来ないのだ。そのために打合せに来たのだからなんとしても合意して終わりたかった。それがしっかり出来たので今回の旅の意義は本当に大きかった。

(ミーティングを終えた夕食。右からLAAのアンソニーさん、DIAのブライアンさん、そしてキャサリンさん。僕の隣が有名な藤島さん)

12月13日、無事にIDCの打合せもやり遂げたので普通ならそのまま帰国すれば良いのだが、私はワインが大好きである。今年からワインのスクールにも通っていて本格的にワインの勉強をしている。オーストラリアはワインの一大生産地である。このまま帰ったらもったいない!と言うことで私はシドニーまで戻り、レンタカーを借りて車で2時間、Hunter Valleyというワインの一大銘醸地を目指す事となった。Hunter Valleyはオーストラリアのワインの歴史で一番古い場所で兼ねてから行ってみたいと思っていた場所である。この地域ではSemillon(セミヨン)、Chardonnay(シャルドネ)、Shiraz(シラズ)の3つの葡萄がとても有名なのだ。日本の皆さんは流石にシャルドネは聞いたことあるだろう。しかしSemillonはあまり聞いたことがないのではないだろうか?フランスのボルドーではこのSemillonは有名なのだが、このHunter Valleyでもこの品種は有名なのだ。Shirazは北半球ではSyrah(シラー)と呼ばれる品種でただ単に呼び方が違うだけなのだが、オーストラリアではこのShirazがなんと言っても有名な葡萄だ。オーストラリアのワイナリーに行くのは人生で初めてなので、運転しているうちからワクワクする。しかし、今回は例の山火事が気になる。結局訪問する事は出来たし、この日はほぼ影響はなかったのだが、このHunter Valleyもかなり影響は出ているらしい。風向きが変わるとその煙の臭いが町全体に襲いかかる。葡萄はこの時期は丁度栽培しているときで収穫は大体1月から2月、その間に煙が葡萄にかかると皮にその臭いがこびりついてしまい、ワイン作りに大きく影響してしまう。何とも気の毒な話しである。これ以上の影響が及ばないことを願うばかりだ。

ワイン畑が見えてきた。一気にテンションが上がる。すでにネットやうちの代理店に話しを聞いて行く場所を決めていた。最初に行ったのがTyrrell’sというワイナリー。雑誌でも結構取り上げられているワイナリーなので手始めに行ってみた。やはり出てきた、Semillon、Chardonnay、そしてShiraz。ここではそれぞれ2本ずつ試飲してみたが見事に味が違う。ワインというのはとても面白くて同じ葡萄でも作っている畑の土壌、その年の気候、醸造するときの方法や樽の種類などで全部香りや味が変わってくるのだ。逆に言えば同じ味を作る事など不可能と言った方が良いだろう。面白かったのはShirazの2本だが一つはちょっと女性的な味わい。タンニンが少なくマイルドにできあがっている。これは隠し味としてViognier(ビオニエ)が10%くらい入っているらしい。このように違う葡萄をブレンドする事をアッサンブラージュという。一方のShirazはかなり男性的でアッサンブラージュなしの100%Shirazなのだ。Shirazには胡椒のようなスパイシーな香りと味がするのが特徴でこのワインはまさにパンチの効いた強い味わいだ。ただこれはどちらが良いとか悪いではなく自分の好き嫌いで決めれば良いことなのだ。ここでの学びはViognierの存在が味の柔らかさを作っていることだった。こうやって経験しないとなかなかわからない。そんな調子でこの日はLake’s Folly、Pepper Tree、Draytonsをまわった。夜はうちの代理店のアドバイスによりLeogateというワイナリーが経営しているレストランThe Gatesで食事をしてみた。ここで驚いたのは生牡蠣が思った以上に安い。そしておいしい!今回はSemillonとPinot Grisを1杯ずついただいて牡蠣を堪能、そして次のステーキをもちろんShirazで堪能した。本当に贅沢な一時だった。

 

(最初に訪問したTyrrell’s Winery。Shirazの違いをまざまざと見せつけられた)

(二番目に訪問したLake’s Folly。ここは多分Hunter Valleyで3本の指に入るおいしいさだろう)

(3番目に訪問したPepper Tree。ここも典型的なShirazを造るワイナリー)

(夕食に訪問したLeogateのレストラン。このワインをいただいちゃいました)

12月14日、午後にはシドニーに帰らなければならないのだが、せっかく来たのだからと言うことで3つのワイナリーを訪問した。McGuigan、Keith Tulloch、Peterson Houseの順番でまわった。この二日間でHunter Valleyという場所、この地で造っているワインなどが本当によくわかった。どのワイナリーも特徴があってとても印象深い。しかし最後のPeterson Houseは印象深かった。スパークリングの専門ワイナリーで面白かったのはShirazのスパークリングがあったことだ。この業界でも売れるためには様々な仕掛けを作らないとお客様に支持してもらう事は難しいのだな、と改めて感じた。

(Hunterでスパークリング専門のワイナリーPeterson House。ロゼが良かった〜)

今回のワイナリー巡りで感じた事は「本当においしいワインを造る事」「おいしく感じるプロモーションをする事」「何らかのコンテストで賞を取ること」、この3つを感じた。最初のおいしいワイン造りについては誰もがやっていると思われる。しかしそれは自分の主観であって他人の評価ではない。他人の評価が大切なのだ。だからその次のおいしいと感じるプロモーションが必要なのだ。賞を取ることについてはこれは結果だから最初とその次の二つを如何にお金と労力を使ってやるか、と言うことになる。ここに不退転の決意で行っているワイナリーこそ有名なワイナリーになるのだろう。なんかクリーニング店も同じような気がする。意外と大切なのはプロモーションなのだ。

こんな素晴らしい時間もあっという間に終わり、一路シドニーへ戻る。夕方に当社の代理店であるSpencer Systemsとの夕食ミーティングがあるからだ。やはり2時間くらいかかったが無事に戻り予定の時間通りに約束の場所にて合流した。現在のオーストラリアの状況、来年5月のIDCの準備などなど話しは尽きない。彼らには5月の会議に合わせて靴クリーニングのモニタリングも始めてもらう予定だ。今までやった事のない話しは必ず可能性がある。彼らがオーストラリアでどのように展開していくのか?それが楽しみで仕方ない。

(SpencerのJohn(左)と息子のDanielと。かなり建設的な話しで盛り上がりました)

Sankosha USAの代理店会議

11月19日。私はまたまた成田空港のJALラウンジに身を寄せている。今回もまたアメリカ、いつもながら行く回数が本当に多い。それだけ商売がアメリカにある証拠である。今回はアメリカ現地法人で行われる代理店会議に参加するためで国内営業で部長の伊達さんを連れて行く事になっている。理由はアメリカの代理店会議を経験してもらい、今後の国内代理店会議の開催方法において参考にしてもらいたいからだ。それまでのアメリカの代理店会議を通じて私は代理店がSankoshaブランドと共に活動しよう!と考えてくれている会社がとても多い、と感じている。一方で日本の代理店はそのように感じていないところがあまりに多いと思うのだ。この違いは何か?それを私だけではなく今回の伊達さんのような当事者達に感じてもらい、活動の仕方をしっかり改善してもらう事を目的にしている。

我々は同日の朝にシカゴに到着した。いつもながら思う事だが朝11時に出発したのに到着は同日の朝7時。何とも得した気分にはなるのだが、この朝の到着が何とも悩ましい。機内でワインをそこそこ飲んできたところでの到着が朝なのだ。これから仕事する気には到底なれないのだがこれしかチョイスがないのだから仕方ない。ちなみにANAだったら午後出発の便があるのだが私はJAL派なので元々選択肢には入っていないのだ

事務所へ到着。普通に仕事が始まる。午前から昼間では通常の仕事が出来る。しかし午後に入ると急に眠気がやってくる。ここで無理すると残りの滞在に影響が出る!と言うことで必ずお昼寝タイムとする。これだけ慣れている私がするのだから初めての伊達さんも一緒に寝る。残念ながらベッドがあるわけではないが会議室のイスにもたれて1時間くらいぐっすり寝るのだ。寝れるだけまだましだろう。

さて、夜になるとすでに一部の代理店が到着してきた。会議は明日からなのにもうやってくるのが日本と違う所だ。これは決して意気込みだけではない訳でアメリカは本当に広い!シカゴは中西部なので東海岸から1時間遅れ、西海岸から2時間進みという位置にある。特に西部の人々は当日の出発では間に合わないので前日からやってくるのだ。しかし日本的な考えであれば当日の出発で全ての代理店がその会議に間に合う時間でスタートするだろう。しかし我々は朝9時からスタートする。ロサンゼルスからは飛行機で4時間、しかも時差が2時間あるわけだから一番早い飛行機で朝6時の飛行機に乗っても到着するのはお昼の12時頃。午後にならないとスタートする事が出来ないのだ。地理的な問題もあるがそんな短い時間でやる会議など価値にあたらない。前日から乗り込んでもらっても翌日の会議を終えた時に「来て良かった!」と思わせる位の内容がある方がよっぽど重要である。この時点で日本の代理店会議とコンセプトが違うのである。

アメリカの代理店はあらゆるメーカーの製品・部品でも売るような事はやらない。彼らはメーカーのいわゆるその地の代理店なのだ。文字通り代理店というのだが、日本の代理店はそこまでメーカーとの付き合いを求めようとしない。お客様がある製品を欲しがるとすぐにそのメーカーに連絡して手配できるように奔走する。いわゆるブローカー的な活動なのだ。

このやり方でハッピーになる人は誰もいない。何故ならば代理店は扱うメーカーの量が多ければ多い程いろんな事を覚えなければならない。しかしそこまで扱い量が多くないのだから覚えるはずがない。要は価格だけなのだ。一方でメーカーはそういう代理店ばかりが周りにいるのだから彼らに平等に卸す事ができるようにするのだ。そして代理店のサポートを宛てにしないのだからサポートは結局自分たちでやるようになる。(一部の代理店は立派にやってくれているのだが・・・)海外営業からスタートした私はこれが当たり前と思っていたのだが日本は違う、というか違っていた。現在は今までのやり方ではやっていけない、と多くの人々が方法を変えようとしている。これからお互いに強くなれるだろう。ただ、自分に色をつける必要があるのだ。我々にそれだけの魅力がなければついてきてくれないのでそこが我々の課題だろう。

11月20日、代理店会議がスタートした。なんと全米とカナダから20社以上、30名以上が参加してくれた。これだけ来てくれるととてもうれしい。日帰りで来る人など一人もいない。全員が朝9時から夕方4時までの会議に参加し、我々が主催する晩餐会に全員が参加するのだ。丸々一日を我々の為に捧げる代理店達。彼らに頑張ってもらえるように活動するのが筋だろう。

(朝9時からスタート。しかしほぼ100%の参加者が集まる)

(最初に会社のメンバー紹介。もちろんほとんどが知られている存在だが・・・)

せっかく来てくれる代理店のために我々も新しい製品や部品を用意する必要がある。この流れが止まった時点で代理店の興味が薄れていくわけだ。今回はスニーカークリーニングの乾燥機を紹介しながらスニーカークリーニングの普及をメインに行った。他にもハイブリッド洗浄機や包装機の自動昇降機などいろいろ取りそろえた。彼らはこれらを知りたくて来るのだ。プログラムとしては新製品紹介だけでなく各地域の売上状況、特に活躍している代理店の紹介、外部から講師をお招きして1時間程度のお話しをしてもらう、等いろいろなプログラムを用意している。中でも一番のポイントは三幸社という会社を知ってもらうことだ。会社の基本理念を細かく説明し。新年度方針で本社の裕介社長と私がどんな事を考えているのか?をしっかり紹介する。これは我々がSankosha USAにやってくれ、とお願いしているのではなく、彼らが自発的にやってくれているのだ。このような活動を目の当たりにすると本社との一体感を感じる。これを代理店に伝えてくれているのだから私が敢えて彼らの前で一生懸命スピーチする必要はなくなる。何とも言えない心地よさを感じる。

今回はスニーカークリーニングに多くの関心が集まった。実際に乾燥機を用意し、韓国からシリコンを用意してもらった。洗剤はありきたりのモノを利用したがそれでもある程度は綺麗になる。ポイントはやはりシリコンなのだろう。参加した代理店から多くのポジティブなコメントが寄せられた。売れる!そう確信したのはFire Restorationという保険会社を介した火災や水害などで被災した洋服類のクリーニングサービスをしている分野においてだった。彼らはすでにスニーカークリーニングをやっているし多くの靴が集まっている。それをほぼ手作業でやっていたのだからこれは天の恵みとでも言いたくなるようなソリューションだ。アメリカでスニーカークリーニングの需要はすぐに出来るだろう。

(スニーカー乾燥機の紹介。新しいので皆の関心が高い)

夕方の晩餐会はイタリアンレストランのパーティー会場を借り切って行った。お金はかかるがわざわざシカゴまで来てくれた人々をもてなす事が最も大切だ。雰囲気も含めて上質感をしっかり出す。人々が満足するのは雰囲気、食事や飲物、人々との会話のしやすさ、など全てが重なって満足感がでるのだ。それを見事に演出しているSankosha USAのメンバー全員に敬意を表したい。

(夕食会のスタート。皆さんで楽しい時間を過ごした)

(外部の講演で一役買ってくれたMr. Chris Whiteと一緒に。彼はAmerica Best Cleanersというグループの代表とKreusllerの販売もやっている)

(テキサス州の代理店Mustangの3代目Mr. Andrew Dubinskiと。こんな若い青年が後を継ぐ訳だからまだまだアメリカは安泰だ!)

ここで感謝の盾を一部の優秀代理店に贈った。優秀代理店を選出する基準がある。機械の売上、部品の売上、メンテナンスの貢献度、ということで技術力、機械の知識力、提案力全てが問われる。日本の代理店でこのレベルに達している会社は残念ながら一社もない。それだけ我々と一心同体でやっている証拠なのだ。もちろん他社製品を売ることはない。今回は8社の代理店に贈らせてもらった。皆とてもうれしそうだった。彼らが我々を見限らない限り我々は絶対に一番で居続ける事が出来る。そのためにも改めて「壊れない機械作り」「有事発生時に対する迅速な対応」がとても大切である。彼らにも良い商売をしてもらうためにも改めて工場一体となって頑張って行きたい。

(表彰式での盾の授与。頑張る人にはしっかり形で表す事が大切!)

 

2019年を終えて 〜今年最後のメッセージ〜

皆さん、こんばんは。

もうすぐ日本は2019年を終えます。今年も皆さんに本当にお世話になりました。ありがとうございました。

それにしても日本のクリーニング業界は厳しい時代に入りました。地球温暖化、崩れるドレスコード、上がらない収入から減るウール製の洋服、洋服メーカーはワッシャブル衣類の開発ばかりに力を入れる、人々は益々家庭洗濯に傾注していく、このように見てるとクリーニング店がどんどん廃業に追い込まれる時代です。

しかしおおよそ50年前の今頃、アメリカでも同じような状況を迎えていました。その時、アメリカでは同じように廃業していくお店もあれば業態を変えて生き残りを図ったお店もありました。またはターゲット顧客を変えて生き残ったお店もありました。その当時、廉価で大量販売をやっていたクリーニング店で残ったところはほぼないという事実です。日本はアメリカと違いますが業界の流れはとても似ています。間違いなくアメリカの方向性は参考になるでしょう。

2020年は日本にとってとても大きな節目になると思います。我々メーカーも皆さんの業態の変化に貢献出来る準備をしておかなければならないでしょう。そんな激動の時代になる予感、皆さんはどうしていこうと考えますか?
ヒントは「外に出ていろんな会合、展示会、視察ツアーに参加して研鑽すること」でしょう。こんな時代だからこそもっと自分自身に投資すべきだと思います。来年は5月にIDC国際クリーニング会議があります。こういう会議に参加して世界で何が起こっているのか?を探しに行くのもとてもおすすめです。参加に興味のある方は是非ご一報ください。

来年もあと少し、皆さん良いお年をお迎えください。私も引き続きゴルフにワインのネタを織り込みながら世界中の業界話をしていきたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。

KingBridgeの訪問を経て

10月3日。私はクリーブランドを後にし、ニューヨークにやってきた。いつもながら思うが、このニューヨークという町は本当に息苦しさを感じる。東京もそれなりに感じるがそこに人々のモラルを感じるのでそこまでの息苦しさは感じないが、ここニューヨークは最悪である。とにかく人種の坩堝、いろいろな人がいるので常識の通用しない世界。ある意味危険をいつも感じる場所と言わざるを得ない。これが世界で一番高額な場所なのか?とタイムズスクエアを歩くと思ってしまう。道は平らに舗装されていない。人々は信号を守らない。車を運転してニューヨークほど気を遣う運転をするところはなかなかない。しかも古い町なので一方通行がとても多く、本当にわかりづらい。こんなところがどうして世界で最も高額な場所なのか、がよくわからない。しかし世界のビジネスがここに集まるのだから価格も高くなるわけだ。本当にホテルもレストランも高くて仕方ない。と言うよりも日本があまりにも安く感じてしまう。日本のデフレの結果がこういうところで痛烈に感じてしまう。

10月4日、我々はBrooklynにあるKingBridgeを訪問した。彼らは丁度新しい工場を建設中でその新しい場所は歩いて1分という本当にお隣の様な場所だった。移転の理由は現在の場所では手狭で大きな場所が欲しかったから、と言うことだ。それだけビジネスが順調なのは結構な事である。

私は現在の工場を訪問するのはこれで3回目、いや4回目だろうか。すでに見慣れた光景なので特に何も感じることはないのだが、一緒に来たクリーニング店の皆さんの目はギラギラしている。やはり同業者の工場はとても気になるのだろう。さっそく洗濯機の前で彼らの目がとまる。ドラムの中が相当泡立っているのだ。通常の量ではないので彼らがとてもいぶかしげに見ている。そして質問してきた。「すすぎは何回やるのですか?」と。答えは4回。全員が驚く。日本で4回もすすぎを入れるプログラムは見たことがない、と言うのだ。洗い上がりのシャツを見たら全員が納得する。本当に白いのだ。やり方はさておき、洗いに自信を持っているのがよくわかる。日本ではそれを2回のすすぎで綺麗に出来た方が良い、と反論する人はいるだろう。しかし彼らの1点あたりの売上は20ドル、日本円にして2,200円なのだ。この単価を取れるクリーニング店が日本に果たして何店あるだろうか?そうやって考えると4回すすぎがあっても良いのではないだろうか?時間がかかるだけだがそれだけの粗利が得られるのだから気にもしていない。それよりもこの洗い方が彼らにとって一番綺麗になる、というロジックを持っているからそれでいいのだ。

(泡だらけのドラム内。すすぎが4回というから驚きだ!)

(彼らの工場にあるSankoshaズボン仕上げセット。右のサンドイッチは中コテのカバーを白の生地で作って欲しい、と言うので特注品。とにかく白が好き!)

と言うことで、このクリーニング店は日本人が良く使う「生産性」という言葉をほぼ使わない。「生産性は要らない。とにかく綺麗にする事だけに力を注げば良いのだ」と社長のVictoria Avilesさんは言う。彼女と息子のRichardさんの二人で経営しているのだが、このVictoriaさんの品質における思想が何ともすごいのだ。だから工場もとても綺麗だし、設置されている機械もとても綺麗だ。彼女は「だってクリーニング店でしょ?洋服を綺麗にするところが汚くてどうするのよ!」と当たり前のように話す。例えばこの工場に弊社のサンドイッチズボンプレス機(Double Legger)がある。その中コテのカバーについてVictoriaさんが「どうしても真っ白のカバーが欲しいので作ってくれる?」というリクエストがあった。特別注文として我々は作って差し上げたのだが、とにかく色にこだわる。彼女は真っ白が大好き!クリーニング業に向いている性格なのだろうか。そのカバーも1週間に一度は必ず外して洗って再装着する、という事なのだ。工場が綺麗なのは当たり前だ。機械のカバーにまでこだわりを持つクリーニング店はなかなかいない。これらのこだわりが洋服を綺麗にするし、結果として強気の価格を提示しても使ってもらえる理由なのだろう。

工場を後にして我々はお店に向かったのだが、そのお店でまたびっくりした。5年前に訪問した店と違うのだ。なんとお隣に引っ越しているではないか!そしてそのお店がまた素晴らしく綺麗になっているし、完全にブティックになっていた。ここでの屋号はまだ昔のBridge Cleanersになってた。実はもう一つお店を持っていて、そちらはKings Garment Careという屋号になっているのだ。息子のRichard君の時代に合わせてこの二つの違う屋号をKingBridgeという屋号に変える決定をしたのだと言う。そのお店の中が本当にすごくなっていた。

(店の外観。黒の枠になってシックさが際立っている)

元々、このお店は総売上の30%がお直し、テーラーの売上で構成されている。クリーニング店としてはかなり異色のお店なのだ。ここでは常時8名のテーラー職人が作業しているのだが、昔とレイアウトが大きく変わっていた。昔はクリーニングの受付カウンターとテーラーの受付カウンターが違っていたのだが、新しいお店では統一されている。しかし、その受付に到着するまでにある意味レッドカーペットの様な通路を通って脇で作業しているテーラー職人の仕事ぶりを見ながら受付カウンターまで歩いて行く様になっている。(実際にカーペットはないけど)

(店の中。テーラーの作業場の最後にカウンター。実に綺麗だった!)

(テーラー職人さんもきちんとワイシャツとベストを着て作業)

(細部にわたってとてもデコレーションされている)

(お店の床が微妙に曲がっている。ここまで計算しているとは・・・)

圧倒されたのはそのフロアのタイルである。微妙に曲がっているのだ。これにいち早く気づいた一人の同行者が「なんでこの角度になっているのですか?」と質問したのだ。この質問に答えたVictoriaさんの戦略に皆圧倒された。「私はお客様に入口から受付まで歩きながらお店の雰囲気をしっかり感じてもらいたかったの。だけどタイルがまっすぐになっていると人はほとんど下を向くという傾向があると思っていたのよ。だから下を向かせない為にわざと斜めにして何マスあるのか?とか数えられないようにしようと思ったの。この角度は11度みたいだけど、どうして11度になったのかは・・・、わからないわ」と茶目っ気たっぷりで教えてくれた。何気なくやっている事だがこれだけお店のコンセプトに人間の心理状態まで入れた店作りが出来る人はいるだろうか?コンサルティングを入れたってここまでは出来ないだろう。あまりにもすごいコメントで一緒に訪問した日本のクリーニング店の皆さんが打ち負かされた表情をする。

(オーナーのVictoriaさん。話し出すと止まらない!)

更にこんな質問があった。「このお店は何らかのディスカウントをする事があるんですか?もしするならばどんな事をするんですか?」という質問だったのだがVictoriaさんはすかさず「私が自分のお店を持ってから一度たりともディスカウントをした事はありません。だってディスカウントをすると言うことは自身の品質やサービスに対して何らかの不安があるからやるんじゃないの?私は自信を持っているから価値の安売りはやりません!」とキッパリ答えた。これも皆さんは口をそろえて「すごい自信だ!僕らには到底出来ない・・・」という反応だったのだ。
確かにすごい事ではあるが、日本人とアメリカ人のそもそも持っている性格を考えると日本でディスカウントなしでやっていくのは難しいと思う。アメリカだから出来る事であって日本ではなかなか出来ない事と私は考える。だから彼女のコメントに習って日本でやってみようと思う必要はないのではないか、と思う。ただ、それだけ自社の品質やサービスに自信を持っている、という彼女のメンタリティーは学んでおく必要は十分にあると思う。

こんなお店がニューヨークにある。日本ではなかなか考えられないお店だ。これを継承するRichard君も大変だがとても恵まれた事業継承と言える。日本でここまでハッピーな事業継承が出来るクリーニング店はなかなかない。これを執筆している現在でも新しい工場はまだ完成していないという話しを聞いているが、彼らの新工場完成に合わせて是非再訪問してみたいと思う。
私自身も久々に感動した訪問だった。

クリーブランドD.O. Summersの訪問

9月30日の朝、私は再び成田空港のJALラウンジにいた。今回はシカゴ経由でオハイオ州クリーブランドとニューヨークを訪問するのだ。この旅では日本の一部のクリーニング店の皆さんに頼まれてそれらのクリーニング店の訪問をアテンドする事になっている。お目当てはクリーブランドではD.O. Summers Cleanersと数社、ニューヨークではKingBridgeと数社の訪問をする事になっているのだ。

D.O. Summersは現在Goldberg一族が経営している。しかし元々はこの名前にもあるとおりSummers氏が始めたクリーニング店なのだ。このSummers氏が1881年に創業したのだが第二世代に譲ることなくGoldberg一族に売却する事となったのだ。それからおおよそ100年にわたってGoldberg一族がこのビジネスを続けているのだからまさに彼らの続けてきたビジネスなのだ。
アメリカではこのような売却、買収は普通に起こる。むしろ時代に合わせて会社の方向性を変える事が出来ない人々の方が多いと見える。その結果、売却や買収の事案がその節目で多く起こるのであろう。実際に日本も現在、その節目にさしかかっている。実際に多くのクリーニング店が廃業、売却、吸収という状況を日本全国で目の当たりにするのだ。ある意味仕方ない事なのだが、時代の節目に新しい事が出来ない人、それに躊躇している人が取り残され、事業の終止符を打たなくてはいけなくなってしまうのだ。
私は変われない人が悪いと言っているのではない。むしろ変えられる人の方がすごいと思うのだ。人は誰もがそれまでの成功体験を持っている。それがあるからその人はやってくることができた!しかしその成功体験は時代が変わると悪の要因と変わってしまう。経営とは時代の節目に如何に変われるか、なのだろうと心から感じる。

そのD.O. SummersのトップをやっているのがBrett Goldberg氏だ。この方が3代目、Summers氏から数えると4代目となる。すでに息子であるDustinとDrewの二人が次世代経営者として会社の中枢にいるのだから経営基盤としてはしっかりしている。それ以上に感じるのは息子二人がこの事業に魅力を感じ、しっかり後を継ぐという考えを持っているところに父親であるBrettさんの経営手腕を評価すべきだろう。しっかり儲かっていなければ継ぎたいという気にもならないのだから。

10月1日。我々はD.O. Summersのある店舗に訪れた。宿泊しているホテルから10分程度のところだ。そもそも私がとても気になっていたのは彼らのブランディングだ。何故ここまで人々に慕われるのだろうか?そこにBrett社長の戦略があるように感じた。彼はとにかく人々の気を引くプロだと思う。お店の至るところに彼の想いがちりばめられているように感じる。私は彼のブランディングに素晴らしさを感じる。

(5年前くらいに訪問した時の写真。この時もすでに立派だったが・・・)

(現在の店舗。見事なまでに改装されている。)

(昔はなかった花壇まで。やはりフラッグシップのお店だから、とのこと)

早速感じさせたのはこの時計。なんでお店の軒先に出しているか?と言うと「時計と外気温は誰もが見つめるポイント。そこに会社のロゴを一緒に入れておけば人々はそれを見るし、結果的に覚えてくれるはず!」と。なんと言う人間心理を突いた対策だろうか。彼は様々な策を持っていたが一番酔いしれたのはこれだった。

(時計と看板。人間心理を上手く使ったやり方。頭良いです!!)

他にも面白い仕掛けがいろいろある。ロゴの変更、社員のユニフォーム、お店の外装などなどすごく力を入れている。だけどそもそもどうしてここまでの事が出来るのだろうか?だいたいお金がなければこれらは出来ないはずだ。ここにこのBrett Goldberg氏のビジネスモデルがある。言うまでもなく儲かっているのだ。儲かるという意味は「売上」から「経費」を引いて「利益」という事になるのだが、一番は人々からいただくお金、いわゆる定価設定が高めである事なのだろう。当然ながら日本のクリーニング店では絶対にあり得ない価格だ。

(ロッカーとそこを案内いただいた社員の方のユニフォーム)

(店舗で働いている方のユニフォーム。至る所にロゴがしっかり入ってる)

しかし、どうしてこれだけの価格をアメリカの人々は容認してくれるのだろうか?そしてどうして日本の人々はこれを容認してくれないのであろうか?ここに人種のファンダメンタルがあると私は見ている。
一つは買い手の圧力だ。アメリカでは売り手と買い手は対等である。当然ながら売り手の権利も存在するし買い手はそれを尊重しているのだ。しかし日本はどうだろうか?すぐに買い手がすごい権力を発揮し、売り手はそれに翻弄される場面が多々見受けられる。はっきり言って買い手が王様、売り手が下僕の世界だ。ある意味、日本の買い手の購買意識は下品としか言いようがない。だから売り手はいつも買い手にビクビクしながらやっている。その結果、10円の値上げさえもままならない状況になっている。実は日本のデフレ圧力はこの日本人の悪しきメンタリティにあると私は考えている。

この部分はあまり熱く語っても変えられるところではないので話しは元に戻そう。こんな環境でやっているGoldberg氏は更なるプロモーションを持っている。それがこのギフトカードだ。自分の名前で25ドル分のクーポンが入ったカードを自分の気になった人に差し上げる、というプロモーションである。これはすごい!

(社長自らのギフトカード。これこそトップ営業だ!)

何故ならば無数の人々に宛てたプロモーションではない。例えばあるレストランに社長が食事をしに行く。そこで目についたとてもファッショナブルな人がいたとする。すかさず彼はその人の元に足を運び、そのファッションについて褒めるのだ。
「とても良いお洋服を着てらっしゃいますね。ところでそのお洋服はどこでクリーニングしているのですか?」
と。幸運にも自分のお店に出している、となると「それはいつもありがとうございます!私はそのクリーニング店の社長なのですが、是非このカードを使ってまたクリーニングに出してください」と言えるし、仮に別のクリーニング店に出しているならば「そうですか、しかし一度でも我々のクリーニングをお試しいただけませんか?我々はこんなクリーニングをやっているので必ずあなたのニーズにお応え出来る品質を持っていますよ。このクーポンを使って一度お店にいらしてください。」という感じだ。
これこそトップ営業!こんな言われ方をすれば誰もが一度は行ってみよう、と思うのではないだろうか?Brett Goldberg社長のプロモーションの神髄が表れているように思った。

素晴らしいアイデア、そして素晴らしい実行力、どんな時代でもビジネスモデルをしっかり構築し、投資に対して怖がらずに着実に実行していく力があるとビジネスは必ずまわっていくのだ、というお手本を見たような気がした。幸いにも彼らはSankoshaの大ファンの一人なので我々はこのような顧客に使い続けてもらえる製品をいつまでも作り続ける事が我々の生き残っていく道なのだろう、と心から思った訪問であった。

中国の展示会から見えた日本の衰退の理由

9月24日、私は再び成田のJALラウンジにいた。昨日はオーストラリアのDanielと靴クリーニングの見学をした。今朝は彼を吉祥寺のホテルまで迎えて一緒に上海まで行くこととなった。行く理由は中国の展示会Texcare Shanghaiに参加するためである。中国市場は徐々に伸びていると言えるだろう。ただ2015年に一度大きなブームが訪れたがこのときは残念ながら変な噂から多くの投資家がクリーニング業にお金だけを投資して工場建設ラッシュとなった。我々もその恩恵にあずかって大きな売上を上げることが出来たが、その多くの投資が水の泡となったのだ。どうやら金だけ投資しておけばあとは誰がやってもクリーニング業は出来る、というデマが流れていたようなのだ。もちろんコインランドリーの様にはいかない。結局は知識者が工場運営をしなければ品質も出なければ生産性も出来るはずがない。多くの投資家が設備した機械を使いもせずに二束三文で業界にながしてしまうので2016年から2〜3年は全く業界が活性しない時期になってしまったのだ。今回はどうなるのか?そろそろと感じていた頃なのでとても楽しみに感じる。

上海浦東国際空港に到着してDanielと別れた。彼は別のホテルなので一人でそこから移動することとなっていた。一方、社長である兄と梅谷役員と到着ロビーで合流して一緒にホテルに向かった。昨年の展示会は最悪だった。ドイツの展示会開催業者であるMesse FrankfurtがTexcareを上海で開くと同じ時期に中国の洗染協会が主導するChina Laundry Expoという展示会を北京で開くという事態に陥ったのだ。我々は両方とも出展し、人数を分散させて両展示会に対応したのだが何ともお粗末な話しだった。我々は展示会費用を倍払うこととなってしまった。一方で両方の展示会に顔を出した顧客がどれだけいたか?と考えると本当に馬鹿馬鹿しい。その苦い経験から両業者がしっかり話し合いをして今回は共同開催となったのだ。当たり前と言えば当たり前だが、よくぞ両者が話し合いをして共同開催にしてくれた!とこれについては感謝しなければならない。

(Texcareの入り口。今回も大きな展示会だった!)

9月25日、展示会初日である。ブースが本当によく出来ている。今回は中国の業者に直接お願いしたのだが非常に我々の求めるブランディングが形になっているように思った。我々のブースが入口の一番近いところにある。この展示会ではホール1からホール3まであるのだが、全ての人はこのホール1を通過していかないとホール2,ホール3に行く事が出来ないレイアウトになっている。三幸社ブースはそのホール1の入口の一番近いブースとして存在するわけだからお客様が見ないはずがない。最近、この展示会では我々をいつもこのポジションに据えてくれる。それだけ展示会運営会社にとっても我々のブースが展示会場の顔として遜色ないと見ている証拠であろう。いずれにしても今回も大満足の出来映えだ!

(三幸社ブース。非常に良く出来ていました)

(ブース内の装飾。ここに上品さがありました)

(カタログも完全に中国語で出来ていました)

あとはどれだけ来てくれるか?結果をここで申し上げておきたい。3日間で合計25,000人を超える人が来場したのだ。その前の週にあった東京のビジネスフォーラムでは3日間で10,000人だったのだからどのくらいの人であふれかえっているのか、が想像出来るだろう。私の実感としては初日だけでこの合計の半分近く、いわゆる12,000人以上が来ていただろうと想像出来る。故にこの25日ははっきり言って商売にならない。そのくらい来場客でごった返してしまい、一人ひとりに丁寧な対応が出来ないほど人だったのだ。なんともうれしい悲鳴だ。

(初日の様子。大混雑で誰が誰だかわからない)

(全ての機械に人だかり。日本ではない光景)

ただ我々には鉄板の法則がある。それは全ての機械を動かせる状態にしておき、スタッフを用意していつも作業し続ける状態を保っている事だ。こんな大変な事をやるブースは三幸社だけなのだ。他のメーカーは動かし続ける事の重要性を知らない。もしくは動かし続ける事で我々との差を露呈させてしまうかもしれない。結果として、丁寧なおもてなしは出来ないにしても動いている機械を見て判断する事は出来るのだ。多くの人々がカタログを持って帰り、今後の投資の一つとして考えてもらえるのだろう。今回も我々の機械をコピーした中国メーカーが2社あったがある意味ありがたいことなのかもしれない。

(中国コピーメーカーのシングル。色までそっくり。しかし人はいない)

夕方は我々が主催したパーティーに参加した。日本からもお客様が来ていたので一緒にご招待したら結局70名くらいのパーティーとなった。そこには先日日本に来たオーストラリアの代理店であるDanielも参加していたし、UAE・ドバイの代理店も参加してくれた。台湾、香港、そして中国からも数多くの代理店、有力な顧客も参加してくれたのでとても華やかなパーティーとなった。日本ではなかなか作れないブランディングが中国では意外と簡単に作る事ができた。すでにアメリカでは周知のブランドとなっているし世界中がSankoshaブランドを同じように認識してくれている。私はいつも疑問に思うのだ。何故日本ではこのようなブランディングが成り立たないのだろうか?と・・・。実は講演依頼が数件入ってきたので最新の講演資料を作っていたところだったのだ。そこで日本のビジネス環境を改めて考えて見たのだが、ここには日本人のメンタリティがかなり入っているのではないか、と分析できるようになった。一番のポイントは「日本人はかなり嫉妬深い」という事だ。基本的に日本人はビジネスの成功者を称えようとしないし、むしろムカつく存在と見る傾向にある。例えばクリーニング店を利用する顧客を考えて見よう。ある顧客があるお店を満足して使っていてもそのお店だけを利用するのではなく近くの他店も試そうとする。アメリカではまずない考えだ。それだけ満足しているのに何故新たなところを探ってみようと思うのか?ここに日本人の「二社購買」という考え方が根底にある。「安く買いたい」という思いの方が売り手をパートナーと考える思いより強いからだろう。結局、売り手に利益を与えたくないのだ。アメリカも中国(全ての企業ではないが)もその点は違うし、売り手を自分の人生や生活のパートナーと考えて付き合う傾向が強いと感じる。このような考えを顧客の側が持ってくれると我々もとてもやりやすくなる。何故ならば商品やサービスをもっと顧客目線で考えれば良いし、もっと彼らの意見を真摯に聞いて実行すれば良いのだから。それが結果としてブランディングにつながるのだろう。前週のビジネスフォーラムと今週のTexcare Shanghaiを参加して改めてこのような境地に達した。

(パーティーで。なかなかの参加人数です)

(社長と中国人スタッフ達。彼らも中国ビジネスをサポートしてくれています)

3日間の結果として約300台の見込み案件をいただく事となった。日本では考えられない数字だし、6月に行われたClean Showに匹敵する。このように見てみると中国が日本の業界を追い抜く日は遠くないであろう。日本人として悲しい気持ちになるがこれが現実なのだ。

 

オーストラリア代理店の日本訪問

9月23日、当社のオーストラリアの代理店であるSpencer SystemsのDaniel Haysが来日した。彼は25日から始まる上海の展示会、Texcare Shanghaiに参加するためである。実は来年の5月下旬にオーストラリアのメルボルンにてIDC国際クリーニング会議を開催する予定になっているのだが、オーストラリアのホストに彼を抜擢したいと思っていたのだ。最近、IDC国際クリーニング会議は私が企画する事が多い。このように業界が縮小してきている状態で次に何をやれば良いのか?がわからない事が多い。私は仕事の立場上とはいえ世界中を旅している強みから、今後業界がどのようになっていけば良いのか?という考えは容易に提案する事が出来るのだ。ただ、それぞれの地域によってステージが違うのが問題である。例えばヨーロッパやアメリカのような洋服の先進国とタイやインドネシアのような発展途上国ではクリーニング業のステージは全然違うのである。そんな人々を一同に介しての会議になる事から共通のお題目を提案するのはなかなか難しい事である。
オーストラリアはヨーロッパ・アメリカと同じレベルにあり、洋服においては先進国と言える。オーストラリアという国はとてもユニークな国でヨーロッパとアメリカの両方の業界文化をそれぞれ影響されている国なのだ。私からするとヨーロッパからの影響70%、アメリカからの影響30%という感じがするのだが・・・。ただオーストラリアも先進国と同じ問題を抱えており、あれだけ広大な国土を有していても人口は2600万人、クリーニング店の数は国全体で700店以上しかないというもはやニッチな業界と言わざるを得ない大きさなのだ。もちろん、業界全体としては冷えきっていて多くのクリーニング店がこれからどうしていけば良いのか?がまったくわからない状態なのだ。そこで私は日本でブームになりかけているスニーカークリーニングのビジネスを是非オーストラリアでやってもらいたい、と思い、当社の代理店であるSpencer Systemsにこのビジネスの詳細を知ってもらおうと言うことで日本に来てもらったのだ。明日には一緒に上海に行くことになっている。

彼が到着したのは朝の5時10分、何とも早い時間だ。羽田空港国際線ターミナルの出口に顔を出してきたのは朝6時前。最近、こちらもかなり早起きなので問題は全くないが、こんな時間にピックアップしてもすぐに連れて行けるところがない。今回は事前に訪問をお願いしていた二つのクリーニング店を訪問する事になっているのだがまだまだ時間がある。と言うことで最初のお店の近くのレストランに行って朝食を取りながら事前打ち合わせをした。
話しを聞いてみるとオーストラリアでも靴のクリーニングはすでにやっているようだ。しかし我々がやっている様な感じではない。我々が現在進めているやり方は彼らにも大きな反響を生むかもしれない、と朝食を取りながら確信に変わっていった。
最初に訪問したのは練馬にあるクリーニングショップ共栄。社長の共田さんとは古くからの知り合いで今回の見学においても快諾してくれた。8時にお店に到着したらすぐに靴クリーニングのやり方を紹介してくれた。すでに今年の1月から靴クリーニングを始めており、すでに累計2000足の靴を集めているとのことだった。すでに彼の商圏では靴クリーニングのイメージが浸透している証拠なのだろうか?と思いながら彼のやり方を順々に見ていった。やはりDanielの目がすぐに輝いた。洗濯機を利用して靴を洗う、という概念が全くなかったからだ。誰もがこれを望んでいた。出来るなら人の手を使わずに綺麗に洗えることを考えていたのだ。しかしどうやって良いのか、がわからなかったのだ。私はこの洗い方を見慣れてきたが、それでもこの発想にはびっくりする。ポイントはシリコンマットだ。この様々な形と素材の堅さ、柔らかさが大きな影響を与えているのだろう。それから洗剤メーカーの開発も大きな要因である。靴なのだから基本的にとても臭い!そこで通常の洗剤に消臭効果を狙った薬剤が配合されているらしい。日本ではラクナと日華がそれぞれ出しているのだが、このお店では日華製品を利用していた。

(洗濯機にこれらのシリコンを使用。これが綺麗になる大きなカギ!)

(ドラムに靴を入れてその後にシリコンを入れているところ)

(綺麗に洗い終わった靴を見てご満悦の代理店の社長)

(見学を終えて共栄の共田社長と一緒に!)

おおよそ40分弱の洗濯工程で洗い終わった。洗い終わりの靴を見るとなかなか綺麗になっている。一番のポイントは靴の側面の白さだろうか。ここは普通にブラシで手洗いしていてもなかなか落ちない経験をお持ちではないだろうか?それが何とも綺麗になるのである。ここまで白くなるとプロとしての洗濯品質を見せつけることが出来る。Danielもこれを見て改めてびっくり。「これは是非オーストラリアでやってみたい!」と一気に彼は確信したようだ。乾燥は靴専用の乾燥機にかければ良いのだが機能は極めて簡単。靴を引っかけられるような棒に送風機能がついており、その棒から風が吹き付け続けられれば良いのだ。ポイントは熱風にしない事。モノによってはソールが曲がってしまうからだ。通常の運動靴ならば常温の送風で2〜3時間もあれば十分に乾いてしまうので安全第一の乾燥工程をおすすめしたい。

このように考えるとクリーニング工程は全くもって簡単と言うことが出来る。後は洗濯において預かっている靴がどんな状態であるか?という状態を確認する事が最も大切と言える。例えば少々古い靴であるならばゴムの状態が少し固くなってきている。そんな靴を普通に洗ってしまうと形を壊してしまう可能性があるのだ。そういう靴を洗濯する場合にはあらかじめ破損のリスクが伴う事をご了解いただき、合意書にサインしてもらう必要があるのだ。何も了解を取らずに洗ってしまい、仮に破損してしまったら賠償責任が発生してしまうからだ。靴紐も同じ事が言える。そのままドラムに放り込んでしまうとドラムの穴に紐の先が入ってしまい、紐をちぎってしまう可能性があるからだ。なので事前に靴紐が暴れないようにしっかり結んでおく必要がある。このように見てみると洗う事は簡単だとしても作業者の目利き、洗う前にやっておかなければならない準備等をしっかりオペレーションに組み込まなければとてもリスクを伴うクリーニングになってしまうのだ。

さて、我々は2件目の訪問先であるニックを目指した。今回は光が丘店をお邪魔して彼らのやっている靴クリーニングを見学させてもらった。こちらではラクナの洗剤と韓国製の乾燥機を使っていたが、基本的に午前に訪問した共栄と一緒であった。ここで気になったのは売り方である。共栄は今年の1月からスタートしたそうだが、最初の2ヶ月間は2足出したら1足サービスというキャンペーンを行って多くの顧客に靴をクリーニングに出す習慣作りをしたのだ。価格も500円とかなりお手頃である。一方、ニックはそのようなお試しキャンペーンはやっていない。彼らも急激なボリューム増を望んでいるわけでもないのとニックのブランドを考慮して900円で販売している。結果として共栄は累計で2000足の売上が出来ているのに対してニックはまだまだ、という状態である。

(今回洗ってくれた靴。結果としてどれもとても綺麗になった)

(洗う前の大切な工程。これをやらないと紐が切れちゃう)

(丁寧に靴をドラム内に入れている水野店長)

これはどちらが正しくてどちらが間違っている、という話しではない。どちらも会社の事を考えた経営判断なのでどちらも正しいのだ。ただ私は「新しい事にチャレンジしている」事に感銘を受けると同時に是非頑張って続けてもらいたいと思う。一般庶民に対して靴クリーニングを提供するならば500円というのは一つの強い訴求になるだろう。私はDanielと2店舗の訪問を終えて彼を吉祥寺のホテルに送った。そして夜に再会し一緒に食事を取りながら今日の出来事をもう一度お互いに話し合った。彼は間違いなく進めてくれる、と確信が持てた。彼も商売人なので売れる臭いのしないビジネスに力を注ぐはずがない。そういう意味ではとてもはっきりした人間だ。その彼がとてもうれしそうに本日の見学を振り返っていたのが印象的だった。とてもおいしい酒になった。

(夜は二人で一杯!話しは最後までつきなかった)