10月3日。私はクリーブランドを後にし、ニューヨークにやってきた。いつもながら思うが、このニューヨークという町は本当に息苦しさを感じる。東京もそれなりに感じるがそこに人々のモラルを感じるのでそこまでの息苦しさは感じないが、ここニューヨークは最悪である。とにかく人種の坩堝、いろいろな人がいるので常識の通用しない世界。ある意味危険をいつも感じる場所と言わざるを得ない。これが世界で一番高額な場所なのか?とタイムズスクエアを歩くと思ってしまう。道は平らに舗装されていない。人々は信号を守らない。車を運転してニューヨークほど気を遣う運転をするところはなかなかない。しかも古い町なので一方通行がとても多く、本当にわかりづらい。こんなところがどうして世界で最も高額な場所なのか、がよくわからない。しかし世界のビジネスがここに集まるのだから価格も高くなるわけだ。本当にホテルもレストランも高くて仕方ない。と言うよりも日本があまりにも安く感じてしまう。日本のデフレの結果がこういうところで痛烈に感じてしまう。
10月4日、我々はBrooklynにあるKingBridgeを訪問した。彼らは丁度新しい工場を建設中でその新しい場所は歩いて1分という本当にお隣の様な場所だった。移転の理由は現在の場所では手狭で大きな場所が欲しかったから、と言うことだ。それだけビジネスが順調なのは結構な事である。
私は現在の工場を訪問するのはこれで3回目、いや4回目だろうか。すでに見慣れた光景なので特に何も感じることはないのだが、一緒に来たクリーニング店の皆さんの目はギラギラしている。やはり同業者の工場はとても気になるのだろう。さっそく洗濯機の前で彼らの目がとまる。ドラムの中が相当泡立っているのだ。通常の量ではないので彼らがとてもいぶかしげに見ている。そして質問してきた。「すすぎは何回やるのですか?」と。答えは4回。全員が驚く。日本で4回もすすぎを入れるプログラムは見たことがない、と言うのだ。洗い上がりのシャツを見たら全員が納得する。本当に白いのだ。やり方はさておき、洗いに自信を持っているのがよくわかる。日本ではそれを2回のすすぎで綺麗に出来た方が良い、と反論する人はいるだろう。しかし彼らの1点あたりの売上は20ドル、日本円にして2,200円なのだ。この単価を取れるクリーニング店が日本に果たして何店あるだろうか?そうやって考えると4回すすぎがあっても良いのではないだろうか?時間がかかるだけだがそれだけの粗利が得られるのだから気にもしていない。それよりもこの洗い方が彼らにとって一番綺麗になる、というロジックを持っているからそれでいいのだ。
(泡だらけのドラム内。すすぎが4回というから驚きだ!)
(彼らの工場にあるSankoshaズボン仕上げセット。右のサンドイッチは中コテのカバーを白の生地で作って欲しい、と言うので特注品。とにかく白が好き!)
と言うことで、このクリーニング店は日本人が良く使う「生産性」という言葉をほぼ使わない。「生産性は要らない。とにかく綺麗にする事だけに力を注げば良いのだ」と社長のVictoria Avilesさんは言う。彼女と息子のRichardさんの二人で経営しているのだが、このVictoriaさんの品質における思想が何ともすごいのだ。だから工場もとても綺麗だし、設置されている機械もとても綺麗だ。彼女は「だってクリーニング店でしょ?洋服を綺麗にするところが汚くてどうするのよ!」と当たり前のように話す。例えばこの工場に弊社のサンドイッチズボンプレス機(Double Legger)がある。その中コテのカバーについてVictoriaさんが「どうしても真っ白のカバーが欲しいので作ってくれる?」というリクエストがあった。特別注文として我々は作って差し上げたのだが、とにかく色にこだわる。彼女は真っ白が大好き!クリーニング業に向いている性格なのだろうか。そのカバーも1週間に一度は必ず外して洗って再装着する、という事なのだ。工場が綺麗なのは当たり前だ。機械のカバーにまでこだわりを持つクリーニング店はなかなかいない。これらのこだわりが洋服を綺麗にするし、結果として強気の価格を提示しても使ってもらえる理由なのだろう。
工場を後にして我々はお店に向かったのだが、そのお店でまたびっくりした。5年前に訪問した店と違うのだ。なんとお隣に引っ越しているではないか!そしてそのお店がまた素晴らしく綺麗になっているし、完全にブティックになっていた。ここでの屋号はまだ昔のBridge Cleanersになってた。実はもう一つお店を持っていて、そちらはKings Garment Careという屋号になっているのだ。息子のRichard君の時代に合わせてこの二つの違う屋号をKingBridgeという屋号に変える決定をしたのだと言う。そのお店の中が本当にすごくなっていた。
(店の外観。黒の枠になってシックさが際立っている)
元々、このお店は総売上の30%がお直し、テーラーの売上で構成されている。クリーニング店としてはかなり異色のお店なのだ。ここでは常時8名のテーラー職人が作業しているのだが、昔とレイアウトが大きく変わっていた。昔はクリーニングの受付カウンターとテーラーの受付カウンターが違っていたのだが、新しいお店では統一されている。しかし、その受付に到着するまでにある意味レッドカーペットの様な通路を通って脇で作業しているテーラー職人の仕事ぶりを見ながら受付カウンターまで歩いて行く様になっている。(実際にカーペットはないけど)
(店の中。テーラーの作業場の最後にカウンター。実に綺麗だった!)
(テーラー職人さんもきちんとワイシャツとベストを着て作業)
(細部にわたってとてもデコレーションされている)
(お店の床が微妙に曲がっている。ここまで計算しているとは・・・)
圧倒されたのはそのフロアのタイルである。微妙に曲がっているのだ。これにいち早く気づいた一人の同行者が「なんでこの角度になっているのですか?」と質問したのだ。この質問に答えたVictoriaさんの戦略に皆圧倒された。「私はお客様に入口から受付まで歩きながらお店の雰囲気をしっかり感じてもらいたかったの。だけどタイルがまっすぐになっていると人はほとんど下を向くという傾向があると思っていたのよ。だから下を向かせない為にわざと斜めにして何マスあるのか?とか数えられないようにしようと思ったの。この角度は11度みたいだけど、どうして11度になったのかは・・・、わからないわ」と茶目っ気たっぷりで教えてくれた。何気なくやっている事だがこれだけお店のコンセプトに人間の心理状態まで入れた店作りが出来る人はいるだろうか?コンサルティングを入れたってここまでは出来ないだろう。あまりにもすごいコメントで一緒に訪問した日本のクリーニング店の皆さんが打ち負かされた表情をする。
(オーナーのVictoriaさん。話し出すと止まらない!)
更にこんな質問があった。「このお店は何らかのディスカウントをする事があるんですか?もしするならばどんな事をするんですか?」という質問だったのだがVictoriaさんはすかさず「私が自分のお店を持ってから一度たりともディスカウントをした事はありません。だってディスカウントをすると言うことは自身の品質やサービスに対して何らかの不安があるからやるんじゃないの?私は自信を持っているから価値の安売りはやりません!」とキッパリ答えた。これも皆さんは口をそろえて「すごい自信だ!僕らには到底出来ない・・・」という反応だったのだ。
確かにすごい事ではあるが、日本人とアメリカ人のそもそも持っている性格を考えると日本でディスカウントなしでやっていくのは難しいと思う。アメリカだから出来る事であって日本ではなかなか出来ない事と私は考える。だから彼女のコメントに習って日本でやってみようと思う必要はないのではないか、と思う。ただ、それだけ自社の品質やサービスに自信を持っている、という彼女のメンタリティーは学んでおく必要は十分にあると思う。
こんなお店がニューヨークにある。日本ではなかなか考えられないお店だ。これを継承するRichard君も大変だがとても恵まれた事業継承と言える。日本でここまでハッピーな事業継承が出来るクリーニング店はなかなかない。これを執筆している現在でも新しい工場はまだ完成していないという話しを聞いているが、彼らの新工場完成に合わせて是非再訪問してみたいと思う。
私自身も久々に感動した訪問だった。