2019年を終えて 〜今年最後のメッセージ〜

皆さん、こんばんは。

もうすぐ日本は2019年を終えます。今年も皆さんに本当にお世話になりました。ありがとうございました。

それにしても日本のクリーニング業界は厳しい時代に入りました。地球温暖化、崩れるドレスコード、上がらない収入から減るウール製の洋服、洋服メーカーはワッシャブル衣類の開発ばかりに力を入れる、人々は益々家庭洗濯に傾注していく、このように見てるとクリーニング店がどんどん廃業に追い込まれる時代です。

しかしおおよそ50年前の今頃、アメリカでも同じような状況を迎えていました。その時、アメリカでは同じように廃業していくお店もあれば業態を変えて生き残りを図ったお店もありました。またはターゲット顧客を変えて生き残ったお店もありました。その当時、廉価で大量販売をやっていたクリーニング店で残ったところはほぼないという事実です。日本はアメリカと違いますが業界の流れはとても似ています。間違いなくアメリカの方向性は参考になるでしょう。

2020年は日本にとってとても大きな節目になると思います。我々メーカーも皆さんの業態の変化に貢献出来る準備をしておかなければならないでしょう。そんな激動の時代になる予感、皆さんはどうしていこうと考えますか?
ヒントは「外に出ていろんな会合、展示会、視察ツアーに参加して研鑽すること」でしょう。こんな時代だからこそもっと自分自身に投資すべきだと思います。来年は5月にIDC国際クリーニング会議があります。こういう会議に参加して世界で何が起こっているのか?を探しに行くのもとてもおすすめです。参加に興味のある方は是非ご一報ください。

来年もあと少し、皆さん良いお年をお迎えください。私も引き続きゴルフにワインのネタを織り込みながら世界中の業界話をしていきたいと思います。これからもよろしくお願いいたします。

KingBridgeの訪問を経て

10月3日。私はクリーブランドを後にし、ニューヨークにやってきた。いつもながら思うが、このニューヨークという町は本当に息苦しさを感じる。東京もそれなりに感じるがそこに人々のモラルを感じるのでそこまでの息苦しさは感じないが、ここニューヨークは最悪である。とにかく人種の坩堝、いろいろな人がいるので常識の通用しない世界。ある意味危険をいつも感じる場所と言わざるを得ない。これが世界で一番高額な場所なのか?とタイムズスクエアを歩くと思ってしまう。道は平らに舗装されていない。人々は信号を守らない。車を運転してニューヨークほど気を遣う運転をするところはなかなかない。しかも古い町なので一方通行がとても多く、本当にわかりづらい。こんなところがどうして世界で最も高額な場所なのか、がよくわからない。しかし世界のビジネスがここに集まるのだから価格も高くなるわけだ。本当にホテルもレストランも高くて仕方ない。と言うよりも日本があまりにも安く感じてしまう。日本のデフレの結果がこういうところで痛烈に感じてしまう。

10月4日、我々はBrooklynにあるKingBridgeを訪問した。彼らは丁度新しい工場を建設中でその新しい場所は歩いて1分という本当にお隣の様な場所だった。移転の理由は現在の場所では手狭で大きな場所が欲しかったから、と言うことだ。それだけビジネスが順調なのは結構な事である。

私は現在の工場を訪問するのはこれで3回目、いや4回目だろうか。すでに見慣れた光景なので特に何も感じることはないのだが、一緒に来たクリーニング店の皆さんの目はギラギラしている。やはり同業者の工場はとても気になるのだろう。さっそく洗濯機の前で彼らの目がとまる。ドラムの中が相当泡立っているのだ。通常の量ではないので彼らがとてもいぶかしげに見ている。そして質問してきた。「すすぎは何回やるのですか?」と。答えは4回。全員が驚く。日本で4回もすすぎを入れるプログラムは見たことがない、と言うのだ。洗い上がりのシャツを見たら全員が納得する。本当に白いのだ。やり方はさておき、洗いに自信を持っているのがよくわかる。日本ではそれを2回のすすぎで綺麗に出来た方が良い、と反論する人はいるだろう。しかし彼らの1点あたりの売上は20ドル、日本円にして2,200円なのだ。この単価を取れるクリーニング店が日本に果たして何店あるだろうか?そうやって考えると4回すすぎがあっても良いのではないだろうか?時間がかかるだけだがそれだけの粗利が得られるのだから気にもしていない。それよりもこの洗い方が彼らにとって一番綺麗になる、というロジックを持っているからそれでいいのだ。

(泡だらけのドラム内。すすぎが4回というから驚きだ!)

(彼らの工場にあるSankoshaズボン仕上げセット。右のサンドイッチは中コテのカバーを白の生地で作って欲しい、と言うので特注品。とにかく白が好き!)

と言うことで、このクリーニング店は日本人が良く使う「生産性」という言葉をほぼ使わない。「生産性は要らない。とにかく綺麗にする事だけに力を注げば良いのだ」と社長のVictoria Avilesさんは言う。彼女と息子のRichardさんの二人で経営しているのだが、このVictoriaさんの品質における思想が何ともすごいのだ。だから工場もとても綺麗だし、設置されている機械もとても綺麗だ。彼女は「だってクリーニング店でしょ?洋服を綺麗にするところが汚くてどうするのよ!」と当たり前のように話す。例えばこの工場に弊社のサンドイッチズボンプレス機(Double Legger)がある。その中コテのカバーについてVictoriaさんが「どうしても真っ白のカバーが欲しいので作ってくれる?」というリクエストがあった。特別注文として我々は作って差し上げたのだが、とにかく色にこだわる。彼女は真っ白が大好き!クリーニング業に向いている性格なのだろうか。そのカバーも1週間に一度は必ず外して洗って再装着する、という事なのだ。工場が綺麗なのは当たり前だ。機械のカバーにまでこだわりを持つクリーニング店はなかなかいない。これらのこだわりが洋服を綺麗にするし、結果として強気の価格を提示しても使ってもらえる理由なのだろう。

工場を後にして我々はお店に向かったのだが、そのお店でまたびっくりした。5年前に訪問した店と違うのだ。なんとお隣に引っ越しているではないか!そしてそのお店がまた素晴らしく綺麗になっているし、完全にブティックになっていた。ここでの屋号はまだ昔のBridge Cleanersになってた。実はもう一つお店を持っていて、そちらはKings Garment Careという屋号になっているのだ。息子のRichard君の時代に合わせてこの二つの違う屋号をKingBridgeという屋号に変える決定をしたのだと言う。そのお店の中が本当にすごくなっていた。

(店の外観。黒の枠になってシックさが際立っている)

元々、このお店は総売上の30%がお直し、テーラーの売上で構成されている。クリーニング店としてはかなり異色のお店なのだ。ここでは常時8名のテーラー職人が作業しているのだが、昔とレイアウトが大きく変わっていた。昔はクリーニングの受付カウンターとテーラーの受付カウンターが違っていたのだが、新しいお店では統一されている。しかし、その受付に到着するまでにある意味レッドカーペットの様な通路を通って脇で作業しているテーラー職人の仕事ぶりを見ながら受付カウンターまで歩いて行く様になっている。(実際にカーペットはないけど)

(店の中。テーラーの作業場の最後にカウンター。実に綺麗だった!)

(テーラー職人さんもきちんとワイシャツとベストを着て作業)

(細部にわたってとてもデコレーションされている)

(お店の床が微妙に曲がっている。ここまで計算しているとは・・・)

圧倒されたのはそのフロアのタイルである。微妙に曲がっているのだ。これにいち早く気づいた一人の同行者が「なんでこの角度になっているのですか?」と質問したのだ。この質問に答えたVictoriaさんの戦略に皆圧倒された。「私はお客様に入口から受付まで歩きながらお店の雰囲気をしっかり感じてもらいたかったの。だけどタイルがまっすぐになっていると人はほとんど下を向くという傾向があると思っていたのよ。だから下を向かせない為にわざと斜めにして何マスあるのか?とか数えられないようにしようと思ったの。この角度は11度みたいだけど、どうして11度になったのかは・・・、わからないわ」と茶目っ気たっぷりで教えてくれた。何気なくやっている事だがこれだけお店のコンセプトに人間の心理状態まで入れた店作りが出来る人はいるだろうか?コンサルティングを入れたってここまでは出来ないだろう。あまりにもすごいコメントで一緒に訪問した日本のクリーニング店の皆さんが打ち負かされた表情をする。

(オーナーのVictoriaさん。話し出すと止まらない!)

更にこんな質問があった。「このお店は何らかのディスカウントをする事があるんですか?もしするならばどんな事をするんですか?」という質問だったのだがVictoriaさんはすかさず「私が自分のお店を持ってから一度たりともディスカウントをした事はありません。だってディスカウントをすると言うことは自身の品質やサービスに対して何らかの不安があるからやるんじゃないの?私は自信を持っているから価値の安売りはやりません!」とキッパリ答えた。これも皆さんは口をそろえて「すごい自信だ!僕らには到底出来ない・・・」という反応だったのだ。
確かにすごい事ではあるが、日本人とアメリカ人のそもそも持っている性格を考えると日本でディスカウントなしでやっていくのは難しいと思う。アメリカだから出来る事であって日本ではなかなか出来ない事と私は考える。だから彼女のコメントに習って日本でやってみようと思う必要はないのではないか、と思う。ただ、それだけ自社の品質やサービスに自信を持っている、という彼女のメンタリティーは学んでおく必要は十分にあると思う。

こんなお店がニューヨークにある。日本ではなかなか考えられないお店だ。これを継承するRichard君も大変だがとても恵まれた事業継承と言える。日本でここまでハッピーな事業継承が出来るクリーニング店はなかなかない。これを執筆している現在でも新しい工場はまだ完成していないという話しを聞いているが、彼らの新工場完成に合わせて是非再訪問してみたいと思う。
私自身も久々に感動した訪問だった。

クリーブランドD.O. Summersの訪問

9月30日の朝、私は再び成田空港のJALラウンジにいた。今回はシカゴ経由でオハイオ州クリーブランドとニューヨークを訪問するのだ。この旅では日本の一部のクリーニング店の皆さんに頼まれてそれらのクリーニング店の訪問をアテンドする事になっている。お目当てはクリーブランドではD.O. Summers Cleanersと数社、ニューヨークではKingBridgeと数社の訪問をする事になっているのだ。

D.O. Summersは現在Goldberg一族が経営している。しかし元々はこの名前にもあるとおりSummers氏が始めたクリーニング店なのだ。このSummers氏が1881年に創業したのだが第二世代に譲ることなくGoldberg一族に売却する事となったのだ。それからおおよそ100年にわたってGoldberg一族がこのビジネスを続けているのだからまさに彼らの続けてきたビジネスなのだ。
アメリカではこのような売却、買収は普通に起こる。むしろ時代に合わせて会社の方向性を変える事が出来ない人々の方が多いと見える。その結果、売却や買収の事案がその節目で多く起こるのであろう。実際に日本も現在、その節目にさしかかっている。実際に多くのクリーニング店が廃業、売却、吸収という状況を日本全国で目の当たりにするのだ。ある意味仕方ない事なのだが、時代の節目に新しい事が出来ない人、それに躊躇している人が取り残され、事業の終止符を打たなくてはいけなくなってしまうのだ。
私は変われない人が悪いと言っているのではない。むしろ変えられる人の方がすごいと思うのだ。人は誰もがそれまでの成功体験を持っている。それがあるからその人はやってくることができた!しかしその成功体験は時代が変わると悪の要因と変わってしまう。経営とは時代の節目に如何に変われるか、なのだろうと心から感じる。

そのD.O. SummersのトップをやっているのがBrett Goldberg氏だ。この方が3代目、Summers氏から数えると4代目となる。すでに息子であるDustinとDrewの二人が次世代経営者として会社の中枢にいるのだから経営基盤としてはしっかりしている。それ以上に感じるのは息子二人がこの事業に魅力を感じ、しっかり後を継ぐという考えを持っているところに父親であるBrettさんの経営手腕を評価すべきだろう。しっかり儲かっていなければ継ぎたいという気にもならないのだから。

10月1日。我々はD.O. Summersのある店舗に訪れた。宿泊しているホテルから10分程度のところだ。そもそも私がとても気になっていたのは彼らのブランディングだ。何故ここまで人々に慕われるのだろうか?そこにBrett社長の戦略があるように感じた。彼はとにかく人々の気を引くプロだと思う。お店の至るところに彼の想いがちりばめられているように感じる。私は彼のブランディングに素晴らしさを感じる。

(5年前くらいに訪問した時の写真。この時もすでに立派だったが・・・)

(現在の店舗。見事なまでに改装されている。)

(昔はなかった花壇まで。やはりフラッグシップのお店だから、とのこと)

早速感じさせたのはこの時計。なんでお店の軒先に出しているか?と言うと「時計と外気温は誰もが見つめるポイント。そこに会社のロゴを一緒に入れておけば人々はそれを見るし、結果的に覚えてくれるはず!」と。なんと言う人間心理を突いた対策だろうか。彼は様々な策を持っていたが一番酔いしれたのはこれだった。

(時計と看板。人間心理を上手く使ったやり方。頭良いです!!)

他にも面白い仕掛けがいろいろある。ロゴの変更、社員のユニフォーム、お店の外装などなどすごく力を入れている。だけどそもそもどうしてここまでの事が出来るのだろうか?だいたいお金がなければこれらは出来ないはずだ。ここにこのBrett Goldberg氏のビジネスモデルがある。言うまでもなく儲かっているのだ。儲かるという意味は「売上」から「経費」を引いて「利益」という事になるのだが、一番は人々からいただくお金、いわゆる定価設定が高めである事なのだろう。当然ながら日本のクリーニング店では絶対にあり得ない価格だ。

(ロッカーとそこを案内いただいた社員の方のユニフォーム)

(店舗で働いている方のユニフォーム。至る所にロゴがしっかり入ってる)

しかし、どうしてこれだけの価格をアメリカの人々は容認してくれるのだろうか?そしてどうして日本の人々はこれを容認してくれないのであろうか?ここに人種のファンダメンタルがあると私は見ている。
一つは買い手の圧力だ。アメリカでは売り手と買い手は対等である。当然ながら売り手の権利も存在するし買い手はそれを尊重しているのだ。しかし日本はどうだろうか?すぐに買い手がすごい権力を発揮し、売り手はそれに翻弄される場面が多々見受けられる。はっきり言って買い手が王様、売り手が下僕の世界だ。ある意味、日本の買い手の購買意識は下品としか言いようがない。だから売り手はいつも買い手にビクビクしながらやっている。その結果、10円の値上げさえもままならない状況になっている。実は日本のデフレ圧力はこの日本人の悪しきメンタリティにあると私は考えている。

この部分はあまり熱く語っても変えられるところではないので話しは元に戻そう。こんな環境でやっているGoldberg氏は更なるプロモーションを持っている。それがこのギフトカードだ。自分の名前で25ドル分のクーポンが入ったカードを自分の気になった人に差し上げる、というプロモーションである。これはすごい!

(社長自らのギフトカード。これこそトップ営業だ!)

何故ならば無数の人々に宛てたプロモーションではない。例えばあるレストランに社長が食事をしに行く。そこで目についたとてもファッショナブルな人がいたとする。すかさず彼はその人の元に足を運び、そのファッションについて褒めるのだ。
「とても良いお洋服を着てらっしゃいますね。ところでそのお洋服はどこでクリーニングしているのですか?」
と。幸運にも自分のお店に出している、となると「それはいつもありがとうございます!私はそのクリーニング店の社長なのですが、是非このカードを使ってまたクリーニングに出してください」と言えるし、仮に別のクリーニング店に出しているならば「そうですか、しかし一度でも我々のクリーニングをお試しいただけませんか?我々はこんなクリーニングをやっているので必ずあなたのニーズにお応え出来る品質を持っていますよ。このクーポンを使って一度お店にいらしてください。」という感じだ。
これこそトップ営業!こんな言われ方をすれば誰もが一度は行ってみよう、と思うのではないだろうか?Brett Goldberg社長のプロモーションの神髄が表れているように思った。

素晴らしいアイデア、そして素晴らしい実行力、どんな時代でもビジネスモデルをしっかり構築し、投資に対して怖がらずに着実に実行していく力があるとビジネスは必ずまわっていくのだ、というお手本を見たような気がした。幸いにも彼らはSankoshaの大ファンの一人なので我々はこのような顧客に使い続けてもらえる製品をいつまでも作り続ける事が我々の生き残っていく道なのだろう、と心から思った訪問であった。